ベンチャー、スタートアップ企業の経理財務が理解しておくべきポイントとは

経理財務でキャリアアップする選択肢の一つにベンチャー、スタートアップ企業で働き、CFO(Chief Financial Officer)を目指すという選択肢もあります。スピード感ある環境で、社内リソースが少ない環境だからこそ、経理財務として幅広い業務に深い専門知識を持って働かなければなりません。経営方針によってはIPO(新規株式公開)に関する業務を経験することも可能です。

今回は経理財務担当者が、ベンチャーやスタートアップへの転職、就業する際に知っておくべき心構えやスキルについて解説します。今現在、ベンチャー、スタートアップ企業に在籍する方、これから転職を検討する方も是非ご参考ください。

目次

経理財務業務だけに専念できる環境がなかなかない

ベンチャー、スタートアップ企業は、バックオフィス(管理部門)が不十分であることがほとんどで、経理財務以外に総務・法務・人事部でも専任担当者が置かれているケースはなかなかありません。そのため、経理財務の担当者が、総務・法務・人事などの業務を兼任することもよくある話です。日々の経理財務業務に取り組みながら、IPOに向けた審査書類の作成や内部統制を担当し、さらに、総務的な業務である規程の作成や備品発注などを行うこともあります。新卒採用が活発化する時期などでは、採用戦略の立案など経理財務業務以外に充てる時間の方が多くなることもあるでしょう。

しかし本来は、IPOに向けた決算の早期化など経理体制の強化を進める他、事業戦略や人事戦略をベースにして財務戦略を立てなければなりません。 また、B2C向けのEC事業のように取引件数が非常に多くなるビジネスモデルの企業の場合、現場からの売上や返金などの正しい数字が吸い上がるように会計処理~経理までの体制構築などが求められたりもします。

上記のように、ベンチャー、スタートアップ企業での経理財務は負担が大きい一方、経営者に近いポジションで 会社の成長戦略を実現させるべく、管理部門全体に関わる幅広い業務に携わることができるという意味で、経理財務担当者からCFOへのキャリアアップを目指すのには最適な職場環境とも言えます。

ベンチャー、スタートアップ企業の経営で重要となるキャッシュフロー

image1

事業を大きく成長させようと考えているベンチャーやスタートアップは、毎日が資金ショートとの戦いでもあります。日々の支払いに充てる資金がショートすれば会社は倒産してしまいますが、ベンチャーやスタートアップ企業は将来の大きな利益に向けて多額の投資を行わなければならず、そのような中、経理財務の役割は非常に重要です。

将来の成長のために、今は赤字だとしても投資を続ける必要があり、売上や利益以外の項目をKPIに設定する企業も少なくありません。まだまだ売上が少ない中で、資金ショートしないよう、計画的な資金調達を通じて、キャッシュフローを確保し続けなければならないのです。このような中、ベンチャー、スタートアップ企業の経理財務はリアルタイムでのキャッシュフローに特に配慮する必要があります。

資金繰りに気を配るレベル感も、大企業や安定した中小企業に比べると大きな差があります。クォーター(四半期)やマンスリー(月次)は当然のこと、資金残高が少なくなるタイミングではデイリーでの資金繰りを考えなければなりません。しかも、ベンチャー、スタートアップ企業は金融機関からデット(借入金)での資金調達をするのが困難です。デットよりも時間や手間がかかり、資金調達が難しいエクイティ(出資等)での調達が中心となります。そのため、経理財務は資本政策をはじめとしたエクイティファイナンスについての知識も持っておく必要があります。

エクイティファイナンスでの資金調達

IPOなどEXITを目指すベンチャーやスタートアップでは、経理財務担当者はデットではなくベンチャーキャピタルを中心にしたエクイティでの資金調達の手段をとらざるを得ないことが多くなります。もちろん借入金を活用することもありますが、安定した収益源がないため、事業拡大に必要な資金の全額を借入で調達することはまず不可能です。

エクイティファイナンスには、第三者割当増資・新株予約権などの方法があります。これらは返済義務のある借入金ではなく、返済義務のない会社の純資産にあたるものです。第三者割当増資などの募集に応じてくれるのは、金融機関ではなく投資家で、エンジェル投資家やベンチャーキャピタル、自社の製品・サービスと関わりのある事業会社などが該当します。ベンチャーキャピタルをはじめとする投資家がベンチャー、スタートアップ企業の資金調達に応じてくれる理由は、事業の将来性を評価するからです。そのため、資金調達にあたって準備する内容も、デットの場合とは異なります。

デットの場合、金融機関は、貸付先となる会社に借入金を返済する力があるかに注目します。 直近の決算書で営業利益をどれぐらいあげられていて、その収益性が維持できるか、担保となる資産がどれぐらいあるかといった「過去から現在」が重視されます。

一方のエクイティは、投資したお金が返済されない代わりに、キャピタルゲイン(株価上昇の差分による収益)がどれだけ得られるのかがポイントです。現在の収益力よりも、将来へ向けての成長性の方がはるかに重視されるのです。エクイティファイナンスで資金調達するためには、投資家に会社の将来性を納得してもらわなければなりません。そのために重要なのが、自社の魅力や成長する理由を簡潔に伝えるための資料作成能力やプレゼン能力です。

しかし、エクイティファイナンスで資金調達ができさえすればいいわけでもありません。第三者割当増資や新株予約権を行うことで、株主構成が変化します。ベンチャーやスタートアップの資金調達額は、それまでの資本金額から比べると非常に大きな金額となります。

新株発行の条件として株価をいくらに設定するかが肝要です。株価を低くすれば資金調達しやすくなりますが、それだけ経営陣の持株比率が下がり、経営体制は不安定になってしまいます。逆に、株価を高くすれば、経営体制は安定しますが資金調達が困難になります。

会社の将来性を適正に評価し、投資家にも自社にもメリットのある株価を定める株価算定能力も必要です。このようなエクイティファイナンスは一歩誤ればIPOなどの実現が困難になり得るケースに至る場合もあるため、経営の未来を左右する非常に重要な資金調達手法になります。このようにベンチャー、スタートアップ企業の経理財務は会社の生死を握る存在と言っても過言ではないでしょう。

IPOを目指す上で必要になること

ベンチャーやスタートアップ企業には、IPOを目指すところも多いでしょう。IPOを進めるためには経理財務担当者、中でもCFOの手腕が欠かせません。マザーズやジャスダックといった新興市場に上場する場合でも、3~4年程度の準備期間が必要です。取り組むべき内容は専門的で複雑なものが多く、決して長い準備期間とは言えません。IPOの実現に向けて、ベンチャー、スタートアップ企業の経理財務担当者が取り組むこととして、主に次のようなものが挙げられます。

事業計画


事業計画は証券会社や証券取引所での審査に必要な事項の一つです。一度作成すれば良いのではなく、最新の状態にするべく、経営状況に合わせてアップデートしていかなければなりません。特にIPOを果たした後、業績が不安定な状態では株式市場に混乱を招くため、予実管理に関しても厳しく指摘される傾向にあります。

経理財務の役割としては事業サイドとコミュニケーションを取りながら、いかに精度の高い事業計画の立案~予実管理までを運用できるかが肝になります。このような特性の中、ベンチャー、スタートアップ企業の経理財務担当者は会計だけが分かっていれば良いというものではないということも認識しておくべきことと言えるでしょう。

社内規程の整備やガバナンス体制の構築


上場企業には、非上場企業にはないさまざまなルールがあります。取締役規程や内部監査規程、社内規程の整備が必要です。また、会社を公正に運営するためのガバナンス体制の構築も求められます。

特にIPO準備に入る前段階にある企業の多くが、会計処理などのルールが煩雑です。しかしながら、上場した場合には決算書の数字に影響を与えた要因は何なのか、現場ではどのように管理を行っていたのかなど、株主への説明を果たさなければならないことが多々あります。そのようなシーンに適用すべく、経理財務は事業サイドにも働きかけ、ルールの整備を進めていく必要があります。

また、IPOを目指すベンチャー、スタートアップ企業の場合、ストックオプション制度の整備を進めることも経理財務部門の役割の一つです。ベンチャー、スタートアップ企業の多くは、社員への報酬を十分担保できない代わりにストックオプションで補填する形をとります。優秀な人材獲得、従業員のモチベーションなどの為にも、このようなストックオプション制度の仕組みについても理解の上、制度構築をしていく必要があります。

会計方針の変更


非上場企業では税務申告のための会計処理が行われますが、上場企業は金融商品取引法に定められたルールに従って会計処理を行わなければなりません。上場準備中に会計方針を変更する必要があります。このような会計方針に関しては業種、あるいはグローバルも含めて事業を展開しているなど、企業により異なります。上場準備を進める上で証券会社、監査法人と連携の上、自社がとるべき会計手法の選定を進めていくことはIPOを進めるにあたって非常に重要な役割になります。

上場審査に必要な手続き


監査法人や主幹事証券会社を決定し、証券取引所への審査申し込みや機関投資家へのロードショーも行います。特に上場審査に必要な審査書類(Ⅰの部、Ⅱの部)作成などはIPO準備を進める上で、かなり負担の大きな業務の一つです。このような審査書類の作成が追い付かない状況に陥ることは多く、IPO準備の際には上場会社、IPO準備会社でこのような開示資料(審査書類)作成経験者を外部より迎え入れ、IPO準備に臨まれるケースが多いです。

ベンチャー経営を支えるCFO(Chief Financial Officer)

ベンチャー、スタートアップ企業がベンチャーキャピタルなどから資金調達(エクイティファイナンス)をし、M&AやIPOによるEXITを目指す場合、企業価値向上に係るファイナンスに関する知識を有するCFOの存在が不可欠です。

ベンチャー、スタートアップ企業では将来有望な事業にもかかわらず、相場と乖離した株価での資金調達をしてしまったが故に、次のラウンドでの資金調達が困難になるようなことは珍しくありません。また、投資家が多くの株式比率を保有する形となってしまい、創業者が経営メンバーから外されてしまったりするケースもあります。そのようなリスクを防ぐために、ベンチャーキャピタルからの資金調達や企業価値向上などに関する専門知識を有するCFOを招き入れたい(もしくは現在の経理財務部よりそのような役割を担える人材に育って欲しい)と考えているベンチャー、スタートアップ企業は増えています。

また、ベンチャー起業家でプロダクト開発や営業領域に強い方は多いですが、その反面、管理部門の整備や運営を苦手としているケースも多いです。そのような中、公認会計士有資格者、IPO準備経験者をはじめとしたプロフェッショナルをCFOとして迎え入れ、自身の得意領域に専念したいと考えているベンチャー起業家は多いです。

CFOになるために必要な資質

経理財務のプロフェッショナルとしてキャリアアップした場合のゴールの一つは「CFO」と言えるでしょう。中でも、ベンチャーやスタートアップのCFOに求められるのは、どのようなスキルでしょうか。

経理財務にとどまらない管理部門の知見


CFOは経理財務をはじめ会計領域の実務経験や知見だけがあれば良いわけではなく、会社運営に欠かせない規定をはじめとした法務総務的な観点など管理部門全体についての幅広い知見が必要です。特に近年では会計監査だけにとどまらず、労務監査なども含めた広範な監査に耐えうる強い組織体制の構築が求められます。

そしてベンチャー、スタートアップ企業はIPOを果たしたとしても、投資家との関係性を構築しながら企業価値を高め続けていかなければ、M&Aをはじめとした外部株主の介入の脅威なども起こりえます。CFOという名称の通り、企業価値をいかに高めるかという観点で会社全体を俯瞰してみることが求められるのもCFOに必要なスキルの一つといえるでしょう。

また、経理財務に限らず、多くの業務を限られたリソースで行わなければならないため、前述のような経理財務以外の知見も駆使し、社内外の然るべき人員を巻き込みながら、マネジメントをしていく能力が求められます。

CEOとの関係構築スキル


ベンチャー、スタートアップ企業の経営者は、営業力や事業に関する技術力・開発力に優れている一方で、社内体制構築や管理業務が得意ではないケースも多いです。それをサポートするのがベンチャー経営を支えるCFOの役割の一つです。

ベンチャー、スタートアップ企業の創業社長は多くの場合、非常にアグレッシブで強気な成長戦略を描きます。しかしながら、経営者の意向のままに事業を進めてしまうことで、前述の様な資金繰りに苦しむことも珍しくありません。そのような中、リアルタイムでの会計状況を理解の上、経営者の意思決定を支える必要があります。会社の懐事情によっては、CEOと意見が対立することもあるかもしれませんが、事業を俯瞰的・客観的に捉えながら、同じ事業の成長を目指す立場として、良い関係を築き上げるスキルが重要です。

事業戦略を実務に落とし込めるスキル


事業戦略を実現するために、CEOの言葉や方針を社内の体制や評価基準などに置き換える力が求められます。特にCEOをはじめ経営層の掲げるビジョンや戦略は抽象的なものであることが多いです。そのような事業計画が果たしてどれほどで目標収益の実現まで見込めるか、事業サイドと連携の上、P/L、C/Fの観点を主に、落とし込んでいくことも経理財務の重要な役割です。

また、上場を目指す上では事業計画などをと併せて、予実管理が重要です。どのように日々のマネジメントを行うかで、事業計画通りにKPIをはじめ各種指標の進捗を進めていく必要があります。このようなスキルを磨くには、経理財務などの観点に加え、どのような要素が売上や利益に影響するかなど事業理解の力を高めていくことが必要と言えるでしょう。

投資家へ説明するための資料作成やプレゼンスキル

エクイティファイナンスでの資金調達が多くなるため、将来の成長戦略をVCをはじめとした投資家に納得してもらわなければなりません。そのための資料作成スキルやプレゼンスキル、併せてそのような見立てとなる根拠などを示す論理的思考力も必要と言えるでしょう。

また、無事にIPOを果たしたとしても終わりではありません。前述の通り、企業価値向上には機関投資家をはじめとした株主と如何に良好な関係を築いていくかが大切です。株主に対してどのように企業の在り方を見せるか、そのような俯瞰した観点でのIR活動もまた企業価値向上に向け取り組みをリードするCFOにとって重要なことと言えるでしょう。

ベンチャー、スタートアップ企業での就業を目指す経理財務の転職活動

経理財務に従事される多くの方が、毎月の決算業務などをはじめ、多忙の中、なかなか転職活動に十分な時間を割けないという環境にあることが珍しくありません。このような多忙なビジネスパーソンは現職でのパフォーマンスを落とすことなく、効率的に情報収集を行う必要があります。こちらではこのような経理財務の転職活動で推奨する2つの手法についてご紹介します

スカウトサイトを活用した転職活動

一つ目はスカウトサイトを活用した転職活動になります。これまで主流であった転職サイトなどからスカウトを待つ転職プラットフォームに移行しつつあります。具体的には「ビズリーチ」「リクルートダイレクトスカウト(旧キャリアカーバー)」「エンミドルの転職」などが挙げられます。このような転職プラットフォーム市場はこの数年で急激に市場が拡大し、2021年には前述のビズリーチを運営するビジョナル株式会社が東証マザーズにも上場を果たしています。

これら転職プラットフォームに情報を登録しておくことで、経歴を見た転職エージェント、または企業より直接スカウトを貰うことが可能です。どのような企業がこれまでの経理財務の経験を評価してくれるのかという転職市場での市場価値の理解、あるいは自分の経歴に合った求人情報をある程度網羅的に情報を集めることができるため、多忙な経理財務の方にとっては有効な転職手法の一つと言えるでしょう。

転職エージェントを活用した転職活動

前述の様な転職プラットフォームサービスの台頭はあるものの、まずは自身の現状について相談したいという場合には転職エージェントを活用していくこともよいでしょう。多くの場合、転職活動は孤独です。自身の経歴の棚卸、今後の自分のキャリアプランをどうしていくべきかなど腹を割って話ができる存在がいるかいないかは、自身の転職活動を良い形で進めていく上で重要です。

転職エージェントは国内に数万社あり、経理財務のように職種に特化した転職エージェント、ベンチャー、スタートアップ企業に特化した転職エージェント、あるいは経営層、マネジメント層に特化した転職エージェントなどそれぞれ特色があります。これまでの経理財務の経験、自分が描きたいキャリアなどを踏まえ、自分に合った転職エージェントをパートナーに選びましょう。

最後に

ベンチャー、スタートアップ企業の経理財務の仕事は、大企業での経理財務と比べると、必要とされるスキルに違いがあります。経理財務でのキャリアアップを図るうえでは、経理財務以外の管理部門業務を担当する負担はあるものの、経営者と近い距離で会社経営に深く関わることができる立場でもあるため、高いスキルを身に着けることができるでしょう。

また、IPOに関する業務ができるCFO人材が非常に希少であるため、ベンチャー、スタートアップ企業の経理財務としてしっかりと経験を重ねることが出来た場合には、あちこちから声がかかる貴重な人材に成長することも可能です。上記内容を参考の上、経理財務として自身の描くキャリアプランの実現に繋げて頂けると幸いです。

この記事を書いた人

岩崎久剛

1984年兵庫県生。関西大学工学部を卒業後、受験支援事業を全国展開する大手教育事業会社にて総務人事など管理部門を経験し、2012年より人材業界に転身。大手総合人材会社にて求人広告、人材紹介など中途採用領域での法人営業を経験し、従業員数名規模のベンチャーから数10か国に展開するグローバル企業まで多様な業界、事業フェーズの企業の採用を支援。2016年よりハイキャリア領域の人材紹介事業立上げメンバーに参画し、関西ベンチャーを軸とした採用支援に従事。その後、ビズアクセル株式会社を起業。MBA(グロービス経営大学院)。

目次