IPOを目指すベンチャー、スタートアップ企業への転職で知っておくべきストックオプション制度

IPO(新規株式公開)を果たしたベンチャー、スタートアップ企業の経営者や従業員が、ストックオプションで多額の利益を得たという話を耳にすることもあるかと思います。実際、IPOを目指すベンチャー、スタートアップ企業は、ストックオプションを導入して、従業員のモチベーションアップを図ろうとしているところも少なくありません。

しかし、ストックオプションの制度がどのようなものなのかをしっかりと理解している人は、あまり多くないのではないでしょうか。そこで今回は、ベンチャー、スタートアップ企業への転職を考えている人が知っておくべき、ストックオプション制度に関する基礎知識をお伝えします。

目次

ストックオプションとは

ストックオプションとは、新株予約権の一種です。新株予約権は、「あらかじめ定めた条件で、将来に株式を購入できる権利」のことです。そのうち、主に社内の人材向けに発行されるものをストックオプションと言います。社内の役員や従業員向けに付与されるストックオプションでは、「あらかじめ決めた株価(行使価額)」で株式を購入できるため、将来、株価が上昇していれば、大きな利益が得られるように設計されています。

ベンチャー、スタートアップ企業では、シード期やアーリー期は特に、給与が低い傾向にあります。大企業や大手コンサルからの転職者であっても、前職の給与から大幅に減少するケースがほとんどです。事業への多額の投資が必要で、まだ大きな利益が得られていない状態であれば、致し方ないとも言えるでしょう。

しかし、それでも転職などで入社し、会社の成長発展のために力を尽くしてくれる人たちへのインセンティブ的な報酬として、IPOを目指すベンチャーやスタートアップの中には、ストックオプション制度を導入している会社があります。

2018年に上場を果たした株式会社メルカリでは、「35人がストックオプションで6億円以上の資産を得た」と話題になりました。ベンチャーへの転職に夢を与えるような内容に、ベンチャーやスタートアップへ転職することに興味を持った方もいるかもしれません。

それではベンチャー、スタートアップ企業への転職にあたり、ストックオプションについて知っておくべきなのはどのようなことでしょうか。ここからはストックオプションの仕組みについて解説していきます。

ストックオプションの仕組み

こちらではストックオプションの仕組みを、リターンを受け取るまでの流れに沿って解説します。ストックオプションがどのようなものなのか全体像を捉えてください。

ストックオプションの権利付与

ベンチャー、スタートアップ企業に転職してストックオプションの対象となった場合、ストックオプションの権利が付与されます。この時点で、権利を行使できる条件として「いつ(権利行使期間)、いくらで会社の株式を買うことができるのか」が決められています。権利行使期間は「上場後」とされているのが一般的で、「ベンチャー企業に転職したら株式が与えられる」というものではありません。

尚、ストックオプションには有償のものと無償のものがあり、有償の場合は、付与される分に応じた金額を支払うことになります。この有償・無償ストックオプションについては詳細について後述しますので併せてご参考ください。

ストックオプションの権利行使

IPO が実現した後など、権利行使が可能な期間にストックオプションの権利を行使します。あらかじめ決めた行使価額を払い込み、ここで初めて、会社の株式を手に入れることができるのです。ストックオプションの行使期間に関しては上場直後に行使可能な設定にしているケースは少なく、概ね数か月~1年以上経過した後に、行使可能な形の運用をされるケースが多いです。

また、必ずしも行使期間を迎えた際に売却する必要性はなく、継続して保有し続け、企業価値が更に高まったタイミングでストックオプションの売却を実施される方も多いです。例えば東証グロース市場へのIPOを足がかりに、東証プライム市場への市場変更まで見据えておられる場合などはそこまで保有し続けるのも手といえるでしょう。

株式を売却して利益を得る

ここまでの時点では、会社の株を購入する権利を得て、株式を購入しただけですから、利益は出ていません。「あらかじめ決められた時価よりも安い価格で購入した株式」を売却することで、ようやく利益が得られます。

このように、転職先の株式を「買う権利」を手に入れておくことで、IPOが実現したときには大きなリターンが得られるという仕組みです。非常に多くのストックオプションを付与された役員であれば、IPOによって数億円もの「事実上の成功報酬」を手にすることができる人もいます。

株価は業績などに連動して動くものですから、上昇することもあれば下落することもあります。もし、転職先の株価が低迷してしまった場合には、ストックオプションはどうなるのでしょうか。その場合でも、ストックオプションを付与された側が損をすることはありません。

ストックオプションは「買う権利」を与えられたものなので、株価が上昇していないのであれば、権利を行使しなければ済む話であり、株価が下落していたとしてもマイナスにはならないと言えます。

ストックオプションと税金

ストックオプションにはいくつかのタイプがあり、どのタイプかで税金のかかり方が変わります。ここでは詳しい違いは省略して、概略だけ説明します。比較的よく見られるストックオプション制度は、有償ストックオプション、税制適格の無償ストックオプション、税制非適格の無償ストックオプションです。

有償ストックオプション・税制適格の無償ストックオプション

有償ストックオプション、税制適格の無償ストックオプションの場合は、ストックオプションの権利を行使して、株式を購入した段階では税金がかからず、株式を売却したときにのみ税金がかかります。株式の売却に伴う利益は、「譲渡所得」に該当し、売却金額と株式購入にかかった金額の差額に20.315%の税金がかかります。

税制非適格の無償ストックオプション

注意が必要なのは、税制非適格の無償ストックオプションの場合です。この場合は、権利を行使した時点での株価(時価)と権利行使価額との差額分が、会社からの給与にあたるものと判断され、「給与所得」に該当します。そして、株式の売却金額と権利を行使した時点での株価との差額が「譲渡所得」となります。

給与所得は累進課税の対象で、金額が大きくなればなるほど税率が上がり、最高で45%にまで達します。住民税分を加算すると、最高で55%です。そのため、税制非適格の無償ストックオプションで、多額の利益が得られた場合には、他のタイプのものよりも税金の負担が大きくなってしまう可能性があります。

また、権利を行使して株式を購入した時点で課税されることが確定するため、株式売却まで時間がかかった場合には、まだ利益を1円も得ていないのに税金の負担だけが先行する可能性もあります。転職先でストックオプション制度の対象となる可能性がある場合には、どのタイプの制度なのかを確認しておくのも良いでしょう。

会社の方針によってストックオプションの対象は異なる

ストックオプション制度が導入されている会社であっても、転職した人全員がストックオプションの対象になるとは限りません。誰を対象にしなければならないかというルールがないため、ストックオプションが付与される範囲は会社によってさまざまです。

全従業員が対象になっているところもありますが、役員以上・管理職以上だけに限られているところもあります。そのため、転職しても、自分が対象にならないこともあり得ます。ストックオプション制度があることが、転職先を決めるポイントになっているのであれば、事前に対象者の確認をしておきましょう。

また、転職先がベンチャーとしてどのフェーズにあるのかも影響があります。ストックオプションを付与できる株式数には上限があり、すでにある程度成長しており、上場が近いベンチャーであれば、ストックオプションの枠が残っていなかったり、付与されたとしてもほんの少しだけだったりすることもあります。最終的に上場を果たしたとしても、ストックオプションをたくさん持つ人と、ストックオプションがあまりない転職したばかりの人などとの間で亀裂ができてしまうケースも少なくはありません。

全てのベンチャーが IPO にたどり着けるわけではない

「ストックオプションの仕組み」でもお話しましたが、多くのベンチャー企業で、ストックオプションの権利行使期間は「上場後」とされています。つまり、IPOが実現できなければ、転職先で、ストックオプションによる多額の報酬を得ることはできないとも言えます。

IPOを目指すベンチャー企業はたくさんありますが、実際にIPOできる会社はほんのわずかです。2020年に上場を果たした会社は102社ありますが、ベンチャー企業の新規上場が多いマザーズでは63社、JASDAQでは14社です。IPOを目指すベンチャーに転職すれば、ストックオプションの恩恵を受けられるわけではないのです。

さらに、ベンチャー企業がIPOをするのがブームになった時代もありましたが、近年は、ITベンチャー・Fintechベンチャーなどでは、IPOだけでなく、ネームバリューのある巨大企業へのM&Aを成長後の選択肢とするケースも少なくありません。

では、IPOできなかった場合や、M&Aが行われた場合には、ストックオプションはどうなるのでしょうか。M&Aの企業価値評価で高い株価がついた場合には、ストックオプションは行使できるのでしょうか。残念ながら、この場合はストックオプションが行使できずに消滅してしまうケースが多いと言わざるを得ません。M&Aを機に、ストックオプション買い取ってもらうことができたり、買収した会社によって代わりのインセンティブが付与されたりするケースもありますが、転職の時点でどうなるかを予想することはできません。

勝てるベンチャーかの見極めが大切

ストックオプションの権利を行使するためには、転職先がIPOできるほど成長する「勝てるベンチャー」でなければなりません。転職活動中にそれを判断するのは決して簡単ではありませんが、転職したい会社についてしっかりと分析して、成長できる会社かどうかを見極めることが大切です。

転職先が勝てるベンチャーかを判断するためには、ビジネスモデルや提供する商品・サービスの強み・弱みはもちろんのこと、市場環境や経営陣のスキルを見極めることも重要です。この点について、詳しくは以下の記事も併せてご覧ください。

ある程度成長しており、IPOが近いと考えられる会社はわかりやすいですが、こういった会社はすでに株価が高くなっています。転職してストックオプションの権利を付与された場合でも、高い株価でしか株式を買うことができません。また、枠が残っていない可能性もあります。

逆に、シード期のスタートアップ企業やアーリー期のベンチャー企業であれば、IPOできた場合のストックオプションのメリットは大きいと言えます。しかし、転職活動中に、そのベンチャー企業がIPOできるかどうかを判断するのが非常に難しいのもまた事実です。

転職先としてベンチャーやスタートアップを目指す方であれば、将来にわたって大きく成長していく会社で活躍したいという思いがあることでしょう。より成長できる転職先を探すために、転職候補として考える会社について調べ、分析しようと思うはずです。その時に、 IPO まで持ち込める潜在能力があるかという視点でも考えてみましょう。

とはいえ、高い潜在能力があり、非常に成長できたベンチャーであっても、IPOが必ずできるというわけではありませんので、「ストックオプションで多額の報酬を手に入れる」ということを目的とするような転職活動はおすすめできません。あくまで、自分のスキルを活かして、やりがいのある仕事ができるかという観点で、ベンチャーへの転職を考えるようにしましょう。

最後に

ストックオプションは、IPOを目指すベンチャーやスタートアップで働く人にとっては、業務のモチベーションにもつながる魅力的な制度です。しかし、実際に多額の報酬を得られるケースの方が少ないのが現状です。採用する側のベンチャーやスタートアップも、「ストックオプションを魅力に感じてくれる人材」を求めているのではなく、「自分の力で IPO を実現させるくらいの気概を持った人材」に転職してきてほしいと考えているはずです。

ストックオプションの制度があるベンチャーに転職するのであれば、基本的な知識は知っておくべきですが、それ以上に自分の転職先として魅力ある職場かどうかを考えましょう。

この記事を書いた人

岩崎久剛

1984年兵庫県生。関西大学工学部を卒業後、受験支援事業を全国展開する大手教育事業会社にて総務人事など管理部門を経験し、2012年より人材業界に転身。大手総合人材会社にて求人広告、人材紹介など中途採用領域での法人営業を経験し、従業員数名規模のベンチャーから数10か国に展開するグローバル企業まで多様な業界、事業フェーズの企業の採用を支援。2016年よりハイキャリア領域の人材紹介事業立上げメンバーに参画し、関西ベンチャーを軸とした採用支援に従事。その後、ビズアクセル株式会社を起業。MBA(グロービス経営大学院)。

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