
働き方改革が進み、残業時間の削減や有給休暇の取得促進など、労働環境は確実に改善されてきました。
一方で、管理職の立場にいる方からは「以前よりも仕事が終わらなくなった」「常に頭が休まらない」といった声も多く聞かれます。
制度としては“働きやすくなったはず”なのに、なぜ管理職だけが疲弊していくのか。本記事では感情論ではなく構造の視点から、管理職の方が抱える違和感、事象との向き合い方などについて整理していきます。
働き方改革が管理職に何をもたらせたか

2015年に大手広告代理店において、長時間労働を背景とした過労死自殺が社会問題として大きく報じられました。この出来事を契機に、日本全体で「働き方そのものを見直す必要がある」という議論が一気に進み、働き方改革関連法の整備へとつながっていったのは周知の出来事かと思います。
以降、残業時間の上限規制や有給休暇の取得義務化など、労働環境は確実に変化しました。かつて当たり前だった長時間労働は是正され、「働きやすさ」という観点では前進したと言えるでしょう。
しかし、その裏側で多くの管理職はメンバーの残業を減らすために、
・業務配分の見直し
・急なトラブル対応
・顧客対応や社内調整
といった業務が集約されていきました。
結果として、プレイヤー業務は減らないまま、マネジメント業務だけが増える。「仕事の総量」は減っていないのに、「自分で手を動かす時間」だけが削られていく──働き方改革とは真逆の歪みが生まれています。
管理職の仕事は「時間」ではなく「思考」を消耗させる

管理職になってから疲れやすくなった、と感じる理由は、単純な労働時間の問題ではありません。管理職の仕事は、
・判断する
・責任を負う
・感情を受け止める
といった「思考と精神」を使う業務が中心になります。
しかもそれらは、タイムカードに表れません。会議が終わった後も、部下の言葉が頭に残る。帰宅後も、判断の正解・不正解を考えてしまう。働いていない時間も、仕事が続いている感覚。これこそが、管理職特有の疲労の正体です。
働き方改革は「管理職」を前提に設計されていない

多くの働き方改革関連制度は、非管理職を前提に設計されています。残業時間の上限規制、勤務間インターバル、有給取得義務など、いずれも「非管理職」の社員を守る仕組みです。
一方で管理職は、
・裁量労働的に扱われる
・成果責任が重い
・代替要員がいない
という前提が今も残っています。
制度上は「裁量がある人」とされながら、実態は裁量が増えたわけではない。この制度と現場のズレが、管理職の負荷を見えにくいものにしています。
「頑張り続ける」だけでは、状況は変わらない

真面目な管理職ほど、「自分の工夫や努力で何とかしよう」と考えがちです。しかし、この問題は個人の頑張りで解決できる範囲を超えています。
・判断を一人で抱え込まない
・完璧なマネジメントを目指さない
・そもそも管理職をどう位置づけている会社なのかを見極める
こうした視点を持たなければ、疲弊は蓄積する一方です。働き方改革の時代において重要なのは、「長く働ける個人」ではなく、「持続可能な役割設計」です。
最後に
管理職が苦しいのは、能力が足りないからではありません。時代の変化に、役割設計が追いついていないだけです。もし今、
「この働き方をあと何年続けられるだろうか」
と感じているなら、それは健全な違和感です。
環境を変えることも、役割を見直すことも、キャリアの選択肢の一つです。自分をすり減らし続ける前に、一度立ち止まって考えてみても良いのではないでしょうか。

