製造業の在り方を変革する挑戦を
株式会社ネクスタ プロダクト開発事業部 グループリーダー 中野靖章 氏

プロフィール

株式会社ネクスタ 
プロダクト開発事業部製 グループリーダー
中野靖章

熊本大学大学院卒業後、上場する大手工作機械メーカーへ入社。工場での現場経験を積んだ後に、ソフトウェア領域における新規事業立ち上げを担当。33歳の時に社内ベンチャーとなるグループ会社のCOOに就任し、経営を担う。2022年より株式会社ネクスタに参画。

株式会社ネクスタ

2022年4月に大阪に本社を置くスタートアップ 株式会社ネクスタに転職を決めた中野氏。彼の過去のキャリアで感じたこと、現在携わる製造業DX SaaS「スマートF」に感じた可能性などを語って頂きました。

目次

ソフトウェアの可能性に触れた学生時代

岩崎 どのような学生時代を過ごされたのですか。

中野 私は九州の大分県で育ったのですが、父の技術で社会に出るべきだという教育方針の影響を受けて育ちました。そんな教育方針もあり、子供の頃から自転車や機械が故障したら、バラしたり、組み立てたりというモノづくりに関わることが身近な環境でした。

その後、高等専門学校に入学し、機械のことを学びました。一つの領域を深く学ぶことに自分は合っていたようで、もっと深く勉強したいと思った中、熊本大学へ編入を決めました。まだまだ専門性を身に着けたい、学びたいという思いで編入当初から大学院への進学も見据えていましたが、大学の卒業を控える22歳の時に一度立ち止まって考える瞬間があったんです。

16歳に高専に入ってからの22歳までの7年間、機械に関してかなり勉強をしてきましたが、時代の変化を考えた時に、ソフトウェアの知識がないことはリスクになり得ると漠然と感じていました。そう考えるようになり、大学の卒業研究ではコンピュータプログラミングを取り入れ、大学院ではシミュレーションソフトをスクラッチから自分で作成し、ソフトウェアの魅力、可能性を大きく感じたのを覚えています。

新卒で大手工作機械メーカーへ

岩崎 就職活動ではどのようなことを考え、1社目を選択されたのですか。

中野 就職活動はリーマンショック真っ只中の時期ではありましたが、幸いにも数社大手のメーカーより内定を頂くことができました。結果的にはその後、10年に渡ってお世話になる大手工作機械メーカーに入社したのですが、工作機械で何かこうしたいというよりは、この会社で働く社員の方々の雰囲気が自分に合うと感じたこと、また機械だけでなく、ソフトウェアにも関わる事業を展開していることから選択したというのが当時の本音でした。

入社から4年間は工場現場での機械の組み立て、顧客先での機械の操作説明などに取り組んでいました。その後、幹部候補研修に呼んで頂く機会があり、現場の業務と平行し、月に1度幹部研修を受講する中で、経営というものへの興味関心を持つようになりました。

そんな中、社会人5年目となる2014年当時、「IoT」「インダストリー4.0」などのキーワードが新聞や雑誌で連日取り上げられるような潮流にあった中、当時の勤務先でもソフトウェアを含めた新しいビジネスを形にしていく方針を掲げ、社内で進めていくこととなりました。

そんな中で製造現場とソフトウェアの両方に知見を持っていたこともあり、初期メンバーの一人に選んで頂くことになりました。そして2014年から退職する2022年3月まで工作機械に関わるソフトウェアのマーケティング、企画などに携わってきました。ソフトウェアをコーディングする立場ではありませんでしたが、学生時代より可能性を感じていたソフトウェアの分野に挑戦できることは楽しかったですし、何よりソフトウェアを絡めることでユーザーの意見を解決できる幅も大きく広がったのは私にとってとてもやりがいに感じるものでした。

大手企業の中で新規事業を形にする難しさ

岩崎 ソフトウェア領域への挑戦の中でどのようなことを感じてこられましたか。

中野 ソフトウェアの取り組みは面白かったのですが、一方でこのような新しい取り組みにおいては大手企業ならではの壁もありました。ソフトウェアの取り組みを進めていくことを、既存の事業部の中には快く思わない方、あるいはこれまでのやり方を突き通していくべきだという方もいました。既存事業も長い歴史の中で研ぎ澄まされているので、私自身も否定するつもりはないものの、どうしてもうまく掛け合わさらないシーンというのは出てきますし、そのような時はいつも社内調整に動いていました。

このような社内調整は大企業ならではの難しさでもあるのですが、そのような中でも関係者と話をしていき、折衷案に落とし込んでいくような社内調整は私自身も嫌いでなかったこともあり、なんとか売上も着実に立てていくことができました。

そのような成果を評価頂き、31歳で課長、その翌年の32歳には部長に昇格させて貰い、33歳にはグループ会社のCOOの役割を担わせて貰える機会を頂きました。そして、社長をはじめとした経営陣のところへも、頻繁に足を運ぶような立場で仕事をさせて頂くようになりました。当初は叱責を頂くことが圧倒的に多かったのですが、それ以上に愛情のあるフィードバックを頂くことも多く、そのような環境下で自分なりに頑張って取り組んできたことは今でも本当に良い経験だったと思っています。

大手工作機械メーカーであるが故のジレンマと向き合い続けた3年間

岩崎 グループ会社COOのお話を頂いた時、どのようなご心境だったのですか。

中野 33歳の時にデジタルを基軸とした機械販売後の新しいビジネス構築を目的とするグループ会社の役員、COOにならないかと言う話を頂きました。大変ありがたいお話ではあったものの、正直、自分としてはそのような組織を先頭で引っ張る役割を、どこまで担えるかという思いがありました。ただ、折角選んで頂いた機会なので、3年間はこの会社経営という挑戦に全力で向き合うことを決めてのぞみました。

そして、この挑戦は会社経営だけでなく、大手工作機械メーカーであるが故の壁に向き合い続けた3年間でもありました。人材難の今の時代、IoTによる工場全体での省人化を目指している顧客が多かったのですが、グループ全体での利益を考えた際に、自社製品に関わるソフトウェアを用いた改善提案には長けていましたが、他社の工作機械や工場全体に及ぶと難しいという問題がありました。

顧客の目指す工場全体でのIoT化を実現し、製造業の在り方を変えていきたいという思いと裏腹に、グループ会社の目先の売上・利益を鑑みた際に、なかなかそのような抜本的な提案に踏み切ることが出来ないジレンマを抱えていました。

このようなジレンマに加え、当時は経営の立場を務めさせて貰ってはいたものの、新型コロナ問題の影響もあり、事業計画との乖離をどのように埋めていくのか等に奔走していました。ただ経営の機会に挑戦させて貰ったことには感謝をしつつも、私としてはもっと顧客と近い距離で向き合い、本質的な課題解決を実現し、製造業の在り方を変えていきたいという思いも抱えていたというのが当時の心境でした。

この人と一緒に創る10年後の景色を見てみたい

岩崎 ネクスタへの挑戦を決断された経緯をお聞かせください。

中野 このようなジレンマを抱えていた中で出会ったのが、現職の製造業DX SaaS「スマートF」を展開する株式会社ネクスタでした。ネクスタで挑戦することを決断した理由には2つあります。

1点目は、製造現場のあるべき姿を形にできるビジネスだと感じた点にあります。例えば製造業のワークフロー全体で見た際に、ボトルネックが自社の工作機械を導入頂いている工程と異なる場合、その工程に導入して貰っている工作機械メーカーに解決を委ねるしかない形で、なかなか顧客の要望に総合的に応えることが出来ないもどかしさを持っていました。

その他にも、顧客である大手メーカーと一緒にIoTを活用したワークフロー改善プロジェクトを進めていた際に、大手SIerから提示頂いた見積り金額は1億円を越えるもので、とてもではないですが簡単に導入を進められるものではありませんでした。

ネクスタはそんな製造業のDXが進まない現実と向き合い、製造業が変革するための道筋を作っていくことに強いコミットメントを持った会社でした。ずっとワークフローの一部分でしか課題解決ができないもどかしさに苛立ちを持っていた私としては、このネクスタの目指すビジョンにとても感銘を受け、ネクスタの一員として一緒にやっていきたいと感じました。

岩崎 決断された2点目の理由はどのようなものだったのでしょうか。

中野 2点目は、ベンチャーでビジネスを形にしていく挑戦が、10年後の自分の職務経歴書を振り返った際に自分自身の求めるものに近いのではないかと思った点です。実は転職活動当初はベンチャーに特段拘っているという訳ではなく、大手からベンチャーまで広くお話を聞かせて貰っていた中、最終的にベンチャーに決断したという感じではあります。

言うまでもなく、ビジネスの世界は今以上に変化のスピードが早くなることが想定される中、大手企業でビジネスを研ぎ澄ましていくことも、勿論、価値だとは思うのですが、ベンチャーでこの急激な変化を体感し、ビジネスを形にしてきた自分の方が10年後の社会から必要とされる人間になれるのではないかと思うようになりました。

こんな風に考えるようになったのは、グループ会社にCOOとして出向した経験が大きかったように思います。社内ベンチャーであった会社で10人規模から30、40名規模にまで拡大をするフェーズも経験できましたし、スクラッチから何かを考えて形にしていくという経験は本当に財産だと今でも思っています。

ただ、これは大手企業の在り方として必然ではあるのですが、社内ベンチャーとはいえ、親会社も含めたグループでの全体最適となる意思決定をしなければなりません。そうした際に、事業と向き合う以上に社内調整などに時間を割かなければならず、どうしてもスピード感のある意思決定をしていくことが難しい環境にありました。

自分自身、先ほどもお話しましたように、社内調整は大手企業の意思決定としては必然だと認識をしています。ただ10年後の自分の職務経歴書を振り返った時に大手企業、ベンチャーでのどちらの環境に身を置く方が自分にとって良かったと思えるか自問自答をした際に、スピード感のある意思決定が求められるベンチャーでの挑戦ではないかと思うようになりました。

そして何より永原さんと何度もお話を重ねる中で、永原さんの製造業変革に懸ける思いへの共感、この人と一緒にやってみたいと思わせる人間的な魅力に触れ、この人と一緒に走った10年後の景色を見てみたいと思えたことは大きかったように思います。

製造業の在り方を変革する挑戦を

岩崎 ネクスタで実現されたいことについてお聞かせください。

中野 ネクスタには「製造業の業界標準を、デザインする」というミッションがあります。日本では業務に合わせてシステムを構築するというのが一般的ですが、欧米ではその逆でシステムに合わせて業務を設計するという慣習の違いがあります。

当然ながら日本のこの慣習により、1社1社のカスタマイズが発生し、システム導入に数千万、数億円の予算が必要となる業界課題があります。ネクスタではこのような慣習に立ち向かい、顧客にとっての最適解を提案できる存在になっていきたいと考えており、この考え方は私自身もとても大切にしています。

製造業の現場は1社1社異なる中、すべての顧客に応えられるプロダクトを実現するのは難易度が高いことだと思ってはいます。そんな業界だからこそ、顧客から頂いた一つの問いかけを正しく咀嚼、抽象化し、10、20のアンサーを導き出し、多くの顧客に応えていけるプロダクトにし、「製造業の業界標準を、デザインする」というミッションを形にできたらと考えています。

岩崎 日本の製造業について思うことをお聞かせください。

中野 日本の製造業は私にとっては誇るべきものであり、「この人には敵わないな」と思えるぐらいにまで細部まで拘ってモノづくりをする製造現場は、世界にない日本の強みだと思っています。私個人のミッションとしては、「スマート F」を通じてこのような製造業の底上げに貢献し、日本の製造業をめちゃくちゃ格好良い業界に変えていきたいという思いがあります。

スマートなオペレーションが確立され、ハイレベルなクリエイティビティが求められる業種に製造業を変革していく。そして次の世代が、例えば東大阪の町工場で働く選択を面白いと思って貰えるようなトレンドを生み出せたらとも思っています。ネクスタで挑戦を続けることで、そんな世界を実現したいですね。

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