ベンチャー転職で知っておくべき信託型ストックオプションについて解説!

ベンチャー企業に転職を考える際に確認すべきもののひとつに、ストックオプション制度があります。ストックオプション制度はIPOを目指すベンチャー企業、スタートアップ企業でよく使われる報酬制度であり、その会社で働く方にとって魅力的なインセンティブとなり得るものです。

今回はそのストックオプション制度の中でも特徴的な「信託型ストックオプション」について解説します。信託型ストックオプションは一般的なストックオプションよりもやや複雑なスキームを用いたもので、従来のストックオプション制度の使いにくかったところを解消したり、また税務上のメリットを得やすくしたりすることで使い勝手を良くするために作られたものです。この信託型ストックオプションがどのようなものかをぜひ知っていただき、ベンチャー企業への転職を考える際の参考にしていただければ幸いです。

本記事は2023年5月29日に開催された国税庁及び経済産業省による、信託型ストックオプションの税制及び適格ストックオプションの税制に関する説明会での共有事項に関して考慮されていない内容となっておりますのでご注意ください。

目次

ストックオプションとは

信託型ストックオプションの説明に入る前に、そもそもストックオプションとはどのようなものかについて解説します。ストックオプションとは、新株予約権の一種であり、この新株予約権は「あらかじめ定めた条件で、将来に株式を購入できる権利」を意味します。この新株予約権のうち、主に社内の人材向けにインセンティブ目的で発行されるものをストックオプションと言います。社内の役員や従業員向けに付与されるストックオプションでは「あらかじめ決めた株価(行使価額)」で株式を購入できるため、将来、株価が上昇していれば、大きな利益が得られるように設計されています。

ベンチャー企業では、シード期やアーリー期は特に、給与で十分に還元することが難しい傾向にあり、大手企業や大手コンサルティングファームからの転職の場合、前職の給与から大幅に減少するケースがほとんどです。創業間もない事業フェーズでは、まだ大きな利益が得られていないものの、未来に向けてまだまだ事業への多額の投資が必要であり、致し方ないとも言えるでしょう。

しかし、それでも転職などで入社し、会社の成長発展のために力を尽くしてくれる人たちへのインセンティブ的な報酬として、IPOを目指すベンチャーやスタートアップの中には、ストックオプション制度を導入している会社があります。大手企業と同等水準の給与は出せないながらも、良い人材を集めたいベンチャー企業やスタートアップ企業は、このストックオプション制度をうまく活用することで人材採用を進めようとします。そうした会社に早い段階で入社し、業績に貢献すれば、その会社が成長しIPOを果たした際にストックオプションによって多額の金銭的報酬を得られる可能性があります。

2018年に上場を果たした株式会社メルカリでは、「35人がストックオプションで6億円以上の資産を得た」と話題になりました。ベンチャーへの転職に夢を与えるような内容に、ベンチャー企業へ転職することに興味を持った方もいるかもしれません。

ストックオプションには、税制適格ストックオプション、税制非適格ストックオプション、有償ストックオプションなどいくつかの種類があります。種類によって税務上の取扱や付与対象者に含めることのできる範囲などに違いがあり、経営者はそれらを使い様々な制約の中で適切なインセンティブを実現できるような方法を考えるわけですが、その使い勝手を良くするために近年新たに開発された手法が、次に説明する信託型ストックオプションです。

信託型ストックオプションとは

信託型ストックオプションは有償ストックオプションの一種なのですが、信託を利用する点が他のストックオプションと大きく異なる点です。そのスキームは、概ね次のようなものです。

信託型ストックオプションのスキーム

①発行会社はまとまった量の有償ストックオプションをまず受託者(信託会社など)に割り当て、受託者はそれを引き受けます。その際に受託者から発行会社へはそのストックオプションの代金が払い込まれることになりますが、その代金は委託者(発行会社の代表取締役の場合が多い)からあらかじめ受託者に支払われており、受託者はその代金を発行会社に払い込むことでストックオプションの割当を受けることになります。

②信託契約には保管期間が定められており、信託期間が終了するタイミング(上場スケジュールなどに応じてあらかじめ決めておく)で受託者の持っているストックオプションが受益者(発行会社の役員、従業員等)に割り振られることになります。

③発行会社は信託期間が終了するまでの間に受益者に対し、ストックオプションに将来交換できるポイントを業績等に応じて付与します。受益者は獲得したポイントに応じて、ストックオプションを取得することができることになるわけです。

④受益者は取得したストップオプションを上場後など適切なタイミングで権利行使することにより株式を取得します。権利行使の際の権利行使価格はそのストックオプションの発行時に決定されますが、まだ株価(企業価値)の低い段階で発行することでより低い権利行使価格でストックオプションを発行できますので、受益者の得られる利益が大きくなることになります。

このように早いタイミングでまとめて受託者に割り当てておくことで、その発行時点の低い権利行使価格で発行されたストックオプションをいわばタイムカプセルのように冷凍保存できるのが信託型ストックオプションの特徴です。また割り当てる受益者を決めるのは時間が経ってからということになりますので、あとから入社した役員や従業員にも割り当てることができたり、当初はさほど活躍していなかった方がその後に活躍して会社の成長に貢献してくれたような場合に多く付与することができるなど、従来のストックオプションではできなかった柔軟な運用が可能になるということもあります。

従来のストックオプションの場合、誰にいくつのストックオプションを渡すのかをその後の貢献度がはっきりわからない時点で決める必要があります。そのため、多くのストックオプションを渡した相手が期待したように活躍しなかったなどの失敗が起こることも珍しくありません。信託型ストックオプションでは誰にどれだけストックオプションを渡すのかの判断を先送りできるぶん、そうした失敗が起こりづらい仕組みになっていると言えます。

また、新たな役員や従業員を採用するたびに何度も発行するとストックオプション発行の機関決定(株主総会や取締役会での決議など)や書類作成、登記など煩雑な手続きを何度も行うことになり手間やコストがかかります。信託型ストックオプションは発行時点で受託者への手数料がかかったり複雑な手続きを経る必要はあるものの、その後は何度も発行の手続きをしなければならなくなるようなことは少なくなります。そうした点も含めて柔軟な運用が可能となるため、使い勝手がよいということで導入する会社が増えています。

信託型ストックオプションの税務上の取り扱いについて

次に、信託型ストックオプションの税務上の取り扱いについて解説します。結論としては、信託型ストックオプションは通常の有償ストックオプションや税制適格ストックオプションと同じで「権利行使時には課税されず、その株式を売却した際に売却額と権利行使額の差額に譲渡所得として課税される」とされています。

譲渡所得は税率が一律20%であり、累進課税制度が採用されている給与所得ほど税負担が大きくなりにくいというメリットがあります。また課税されるのは株式を売却した時点であり、権利行使時点では課税されないので、受益者にとって現金が得られていない段階で税負担が生じるようなことも避けられるということになります。これも信託型ストックオプションの優れた点のひとつであると言えるでしょう。

ただし、2023年5月に実施された国税庁及び経済産業省による、信託型ストックオプションの税制及び適格ストックオプションの税制に関する説明会において、国税庁は信託型ストックオプションの行使時に得られる収益は「給与所得」であり、税率は累進課税に倣い、最大55%がかかる取り扱いになるとの見解を発表しました。さらにはこの発表以前に行使した事例に関しても給与所得として源泉徴収を行う必要があるということも同発表により、言及されています。この発表を受け、リスクと向き合いながら事業を展開するスタートアップからは不満が続出している状況にあり、賛否の分かれるこの論争が、今後どのような方向に向かうのかは見逃せません。

信託型ストックオプションの導入状況について

信託型ストックオプションは、2016年にゲーム事業を展開するKlab株式会社が日本で初めて導入したとされています。それにより信託型ストックオプションはベンチャーやスタートアップ企業を取り巻く関係者を中心に認知されるようになり、徐々に導入社数が増加しました。

2021年にはIPOを果たした企業のうち22社が信託型ストックオプションを導入しており、今後はより多くの会社が信託型ストックオプションの導入を考えるようになるでしょう。そのためベンチャー企業やスタートアップ企業に転職を考える方にとっても重要な要素となっており、信託型ストックオプション導入の有無や、ポイントの付与などがどのように運用されているのかは詳しく知りたいところです。

導入企業においては、どのような基準でポイントを付与するかについてポイント付与規程などの形で定められていることが一般的です。ポイント付与規程には、ポイントが「いつ・誰に・どれだけの量が・どのような基準で付与されるのか」等が規定されています。

これは人事考課制度そのものであるとも言えますので、信託型ストックオプションを導入しているベンチャー企業などへの転職を考える際には、その会社が導入している人事考課制度を理解するためにも、信託型ストックオプションがどのように運用されているのか、関心をもって確認すべきでしょう。

最後に

今回は新たなスタンダードとなってきている信託型ストックオプションについて解説させていただきました。やや複雑な内容ではありますが、信託型ストックオプションを含めたストックオプション制度について知ることは、ベンチャー企業で働こうとする方にとって非常に重要です。

ベンチャー企業への転職を考える際には、給与額などと合わせてぜひこの信託型ストックオプションを含めたストックオプション制度についてよく知っていただき、その他の条件などと合わせて検討いただくことで後悔のない転職に繋げて貰えたらと思います。

この記事を書いた人

岩崎久剛

1984年兵庫県生。関西大学工学部を卒業後、受験支援事業を全国展開する大手教育事業会社にて総務人事など管理部門を経験し、2012年より人材業界に転身。大手総合人材会社にて求人広告、人材紹介など中途採用領域での法人営業を経験し、従業員数名規模のベンチャーから数10か国に展開するグローバル企業まで多様な業界、事業フェーズの企業の採用を支援。2016年よりハイキャリア領域の人材紹介事業立上げメンバーに参画し、関西ベンチャーを軸とした採用支援に従事。その後、ビズアクセル株式会社を起業。MBA(グロービス経営大学院)。

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