近年、社会問題として注目を集めている「ワーキングプア」。働いているにもかかわらず、生活が苦しい状況に置かれている人々を指します。この現象は個別の問題にとどまらず、日本全体に広がる深刻な社会問題となっています。本記事ではワーキングプアとは何か、その言葉の意味や増加傾向にある背景などについて詳しく解説します。
ワーキングプアとは
ワーキングプアとは、「働いているにもかかわらず収入が少なく貧困状態にある人々」を指す言葉です。日本では「働く貧困層」とも言われています。アメリカで低所得者が急増した1990年代に生まれた「working poor」という言葉が日本に入ってきたものです。厚生労働省の資料で年収192万円未満の層をワーキングプアと表現しているように、おおよそ年収200万円以下の労働者をワーキングプアとするのが一般的な定義です。
国税庁の「令和4年分の民間給与実態統計調査」のデータによると、日本の労働人口約5,000万人のうち、年収200万円以下の人は約1,200万人いるとされています。つまり働いている人のうち4人に1人がワーキングプアに該当する可能性があるということです。
当然ながら年収200万円以下の所得層の中には、十分な収入を得ている家族に扶養されている人や、育児や介護など労働以外他に優先すべきことがある人など、あえて低年収を選択している・貧困状態にない人も含まれます。「低収入=ワーキングプア」、というわけではありません。
ワーキングプアの問題点
ワーキングプアは当事者だけの問題ではなく、社会全体に影響のある課題です。具体的にはワーキングプアの問題点について解説していきます。
心身の健康を損なうリスク
フルタイムで働いても生活資金が足りない場合、時間外労働や休日出勤、ダブルワークをするなど、長時間働くことによって収入を得ようとするケースが増えます。しかし過労は心身へ悪影響を及ぼすのはもちろん、過度な長時間労働は自殺・過労死などのリスクを高めます。
ワーキングプアからの脱却が困難
一度ワーキングプアに陥った人は脱却が難しいというのも問題点の1つです。例えばワーキングプアにあたる人の多くは非正規雇用者ですが、非正規雇用者は正社員として雇用されている人と比べ、企業から受けられる処遇の格差がつけられているのが一般的です。給与に差があることはもちろん、研修、仕事の裁量、昇進昇給、福利厚生などあらゆる面で冷遇されています。このような人たちが自力で年収で高く安定的な職に就くことは容易なことではありません。
ワーキングプアが次世代に影響をおよぼすリスク
ワーキングプアの親を持つ子どもは、健康的な生活を送ることが難しかったり、十分な教育が受けられなかったりすることから、親と同じくワーキングプアになってしまう傾向があります。またワーキングプアになると、新しい家族を養っていくのは経済的に困難と考え、結婚しない人・結婚できない人・子どもをつくることに消極的な人が増え、少子化に拍車をかけます。このようにワーキングプアの当事者のみならず、次世代にも影響が残ってしまうことが解決が急がれる理由です。
ワーキングプアが増加傾向にある背景
ここまでは日本におけるワーキングプア・その問題点についてご紹介してきました。ここからはワーキングプアが増加傾向にある背景について解説していきます。
非正規雇用者の増加
1966年にアメリカから人材派遣の仕組みが輸入されて以来、さまざまな雇用規制が緩和されたことにより、日本の企業は景気の浮き沈みに対処できるよう、非正規雇用社員を増やすようになりました。非正規雇用社員はこの10年で約200万名増加し、この数年は2,100万名前後で推移しています。これは労働人口の約37%にあたります。更にロボットや生成AIなどテクノロジーの活用により省人化が進めば「非正規雇用の職すら維持が難しい」という人が増え、ワーキングプア・失業者の更なる増加が懸念されます。
離婚率の上昇
離婚率は1970年代は10%未満でしたが、今や35%前後で推移しており、3組に1組が離婚をする時代になりました。離婚の際、親権を得て主に子どもの養育をするのは女性側であることが多く、離婚の増加はシングルマザーになる人が増える結果につながっています。シングルマザーの多くは育児との両立が困難なことから正規雇用での職を得ることができず、非正規雇用者の仕事で子育て世帯の家計を担うことになります。一度非正規雇用者になってしまうと正社員として就業するのは難しく、ワーキングプアに陥ってしまうケースが多々あります。
インフレーション
日本全体ではベースアップという言葉がしばしば用いられる通り、最低賃金の底上げの動きはあるものの、多くの中小企業では簡単に賃金を上げることはまだまだ難しい状況です。そのような中、近年のインフレーション(物価高騰)の影響により、これまで以上にワーキングプアから抜け出しづらいという状況にあるのが今の日本のワーキングプアを取り巻く環境といえるでしょう。
社会保障・公的な支援制度が不十分
ワーキングプアに対する社会保障制度がまだまだ不十分であることも、問題を深刻化させています。例えば「生活保護」制度は、財政を圧迫しているなどの理由から受給条件は厳しく制限されており、ワーキングプアであっても生活保護の申請は通らないというケースも多いです。
また低賃金の仕事からの脱却を目指すため、ハローワークから様々な職業訓練や再就職支援プログラムも提供されています。しかし、これらのプログラムは拘束期間が数カ月単位と長い割に、プログラムの内容・レベルが実際のビジネスレベルに合っているものとは言い難く、キャリアアップに効果的ではないケースが多いので注意が必要です。
ワーキングプアになりやすい仕事
ワーキングプアになりがちな仕事の特徴としては、そのビジネスの収益構造上、低賃金にならざるを得ない仕事が挙げられます。例えば介護・福祉業界の介護士、飲食・小売業界の接客・販売、製造業の工場内作業、農業や建設業の日雇い勤務者などが挙げられるでしょう。
これらの仕事には労働集約的(売上を上げるためには人手を増やすことが求められるビジネスモデル)で、専門的な知識・技術が求められない単調な作業が多い、季節による変動が大きいため安定的に人員を配置できないなどの特徴があります。
このような業界のすべての企業が低賃金な訳ではなく、経営者の工夫やイノベーションにより、高収益体制を確立している企業もあります。転職先を選ぶ際には、目先の収入面だけでなく、各社の取り組みの工夫、収益率などを確認の上、仕事を決めるようにすればワーキングプア脱却の第一歩となるかもしれません。
ワーキングプア脱却のためにできること
格差が拡がる社会において、ワーキングプアから脱却するためには一筋縄ではいかないのが現実です。それでもワーキングプア脱却に向けてどのようなことができるのか、ご紹介させて頂きます。
成長業界・成長企業への転職
ワーキングプアから脱却するために転職は有効な手段です。同じ職種(仕事内容)の転職であっても、例えばIT・Web業界、医療業界のように市場規模拡大を続ける成長産業の場合、業界全体の給与水準高く、転職が成功すれば年収が上がる可能性があります。
また成長中の産業は、多くの企業が新規参入してくるため求人が多く、一度転職に成功すると、その後業界内での転職が容易になるという利点もあります。いま働いている業界に強いこだわりがない場合に、稼げる業界を狙う観点での仕事選びをしてみることもお勧めです。
資格の取得・スキルアップ
ワーキングプアから抜け出すためには、資格取得やリスキリングもきっかけの1つとなるでしょう。「1つの資格を取得すれば一生食べていける」というような一発逆転が可能な資格は、数年単位での取り組みが必要な難関資格ばかりです。しかし、比較的取得が容易簡単な資格を複数組み合わせて取得することで、強みの独自性に磨きをかけることは可能です。何より継続的なスキルアップをはかり、成長しようとする姿勢は、収入を上げる上でとても大切です。
公的な支援制度の活用
生活保護・職業訓練以外にも、ワーキングプアの人のための公的な支援制度は多く存在します。例えば家賃の支払いが困難になった場合、一定期間家賃の一部を支援する「住居確保給付金」 制度。シングルマザーや低所得家庭に対する各種「子育て支援制度」。
それらを「よく知らない」「受給するのが恥ずかしい」などの理由から必要にもかかわらず活用されていないのはもったいないことです。救済措置として十分な内容ではない制度もありますが、きちんとキャッチアップして有効活用することが大切です。制度や手続きが煩雑でわかりにくいことも多いので、お住まいの地域の公的機関に相談・確認に行ってみると良いでしょう。
最後に
ワーキングプアは、現代社会において深刻な問題です。働いているにもかかわらず、貧困から抜け出せない人はかなり多いということをご認識頂けたかと思います。この問題を解決するためには、個人の努力だけでなく、政府や企業、社会全体での取り組みが必要です。ワーキングプア層を支援するための制度を充実させ、労働環境を改善し、地域経済の活性化を図ることが、ワーキングプアの人々の生活を向上させるための鍵となるでしょう。