人的資本経営とは?注目される理由や取り組み内容、成功するための実践ポイントを解説

この数年で「人的資本経営」という言葉を耳にしたことがある方も増えたのではないでしょうか。人的資本経営は働き方の多様化や、ESG投資の観点から近年注目を集めている経営手法の一つになるのですが、将来を見据えた経営を実現するためにも、人的資本経営は正しく理解し、必要に応じて取り入れることが重要とされています。

しかし、この人的資本経営という言葉は認知しているものの、そもそもどういった経営スタイルなのか想像がつかないといった方も少なくないのではないでしょうか。こちらの記事では、人的資本経営の基本的な内容から、取り組み方、成功させるための実践ポイントをご紹介しますので、ぜひ参考にしてみてください。

目次

人的資本経営とは

人的資本経営とは具体的にどのような経営の在り方なのでしょうか。こちらでは人的資本経営の在り方や他の資本との違いについて解説します。

先進国各国で少子高齢化が進む中、企業価値、あるいは企業の競争優位を高める上で人的資本の重要性が高まりをみせています。そのような背景の中、2018年に12月に国際標準化機構(ISO)により、人的資本に関する世界初の網羅的・体系的な情報開示のガイドラインとしてISO30414が公開されました。

ISO30414とは「人的資本に関する情報開示のガイドライン」ともよばれ、社内外のステークホルダーに対し、人的資本に関する報告をどのように実施すればよいのかをまとめた指針になります。ISO30414は11の領域に関する指標が定められており、具体的には「コンプライアンスと倫理」「コスト」「ダイバーシティ」などの指標が挙げられます。その後も投資家からの人的資本情報開示の需要が高まりを見せる中、2020年8月に米国証券委員会(SEC)が上場企業へ人的資本情報の開示を義務化するというのが世界の潮流です。

日本においても終身雇用が一般的とされていた高度経済成長期から2000年代前半にかけては、雇用関係、採用市場においても企業側が優位な形で人事が機能する経営が一般的でした。しかしながら、2010年代に入り、人材不足が顕著な中で、近年では雇用関係、採用市場でも企業と従業員は対等関係に近い形に移行しつつあります。前述の海外トレンドと併せ、日本においても人材難がさけばれるようになった中、企業経営において優秀な人材獲得や生産性向上など人的資本を起点にした会社経営が重要と謳われるようになりました。

人的資本経営が注目されている理由

これまでは、人材は資源であり会社との相互依存関係にあるのが常識でした。そして、終身雇用及び年功序列による「囲い込み型」が主流であったのも事実です。しかし、昨今の状況を見てみると、人材を投資対象である資本として捉え、組織・人材の相互が自律しているような関係へと変えるべく、人的資本経営へと舵を切る企業が増えてきています。なぜ今、企業は「人的資本経営」に注目しているのでしょうか。

ESG投資の影響

人的資本経営が重視されるようになった背景には、「ESG投資の影響」があります。ESG投資とは、環境(Environment)や社会(Social)、企業統治・経済(Governance)などに配慮した企業に対する投資のことです。それぞれ、時代の変化とともに、ステークホルダーの意識にも変化が生じ、上記の要素を重視する傾向が強くなりました。上記3つの要素は、ステークホルダーが企業を評価するうえで重視している部分であり、「企業統治・経済」においては、取り組みとして人的資本経営が求められています。

欧米の影響

人的資本経営においては欧米の方が日本よりも進んで取り組んでいます。米国では米国証券取引委員会(SEC SASB)が人的資本に関する情報開示を義務化し、上場企業の他、債権などを発行する企業が人的資本の情報開示を行わなくてはならない形にて運用されています。

尚、現段階で日本では人的資本開示には細かなルールが定められていません。そのため、人的資本経営の開示に関しては各社の特色が出るかと思いますので、他社情報を参考にしつつ、自社が打ち出したい人的資本経営の取り組みなどについて外部に発信すると良いでしょう。

働き方における多様化

人的資本経営が注目されている理由として、まず挙げられるのが働き方における多様化です。かつては、正規社員として働くことが一般的であり、労働者としても望ましいとされる働き方でした。しかし、近年は正社員として1社専業の就業以外にも複数社での副業・兼業、フリーランスでの就業など企業内の人材構造はこれまでとは異なるものとなってきています。また、社会的に女性、外国人、シニア年代などの多様な方々の活躍の場を創出していくことを目指す傾向もあります中、人材構造はますます大きな変化を伴っているのが事実です。人的資本経営は、このような現代ならではの変化を受け入れ、1人ひとりの価値を引き出すためにも有効な経営方法であると考えられています。

技術面の著しい進歩の影響

AIやコンピュータ、ロボットなど、技術面が著しく進歩している現代の動向もまた、人的資本経営の促進に拍車をかけている要素の一つといえるでしょう。今後ますます技術が進み、テクノロジーを活用することが一般的になっていくと、競合との差別化として「技術面」を謳うことが難しくなると考えられます。そのため、AIやコンピュータなどでは難しいとされる、クリエイティブな活動が重視される未来が想定されており、イノベーションの創出や潜在的ニーズの掘り出しなどが可能な人材が求められるようになります。

そのような背景の中、企業は「ヒト」だから生み出せる付加価値に焦点をあて、従業員が個々の能力を十分に発揮できるビジネスモデルや組織を確立していくことが重要であり、そのための環境を構築・整備することが大切になってくるといえるでしょう。

人的資本可視化指針について

人的資本の可視化指針とは、人材資本に関する情報開示にフォーカスをあててガイドライン及び基準の方向性を整備したものを指します。人的資本を可視化することで、従業員は企業や経営者に何を期待されているのかを知る機会となりますし、市場における競争で優位になるための目標の設定や人材像の特定、人材育成の方針が明確になります。ちなみに、サステナビリティ関連情報の分野の人的資本可視化指針において、効果的な要素は以下の7分野と言われています。

人的資本可視化指針に向けた7つの分野

・人材育成

・多様性

・健康・安全

・労働慣行

・エンゲージメント

・流動性

・コンプライアンス

人的資本経営の進め方

人的資本経営を進めるにあたり、どのように推進していけばいいのでしょうか。効果的かつ効率的な人的資本経営の進め方を解説します。

経営戦略×人事戦略の紐づけ

人的資本経営を進めるにあたり、まず行うのが「経営戦略×人事戦略の紐づけ」です。会社経営を行う上でビジョン実現に向けた経営戦略を形にしていく上で、どのような人材を確保し、どのような育成を行う必要があるのかなどを明確にしていくことがこれまで以上に求められるでしょう。

例えば昨今の新型コロナウィルス問題の中、企業内のIT化、リモートでのコミュニケーションなどが課題として明確になっている場合には、DXを促進するデジタル人材を確保することが必要となります。このような経営戦略と人事戦略の連動が、人的資本経営を効率よく進める上で今後、ますます重要となるでしょう。

自社の現状と目指す姿を明確にする

自社の現状を把握し、目指すべき企業の姿とのギャップを把握しましょう。企業の目指す姿を明確にし、現状と照らし合わせてみることでそのギャップの大きさが顕著となり、それを埋めるための施策の考案に繋げやすくなります。

なお、「目指すべき企業の姿」は、他社に倣う必要はありません。目指したい企業の姿は会社によって大きく異なるのが事実です。これまでの企業の歩みやどのような組織を目指して取り組みを行っているのかなど、自社に目を向けて考える必要があります。

施策の考案・実行・効果検証

ビジョン、経営戦略が明確になったら、施策の考案、実行、効果検証を行います。企業の現状と目指す姿のギャップを埋めるためにはどのような施策が必要となるのか、どのような取り組みが目指す企業の姿に近づくのかを考案します。考案した施策を社内で周知し、PDCAサイクルに沿って実行・効果検証・再考案などを繰り返していきます。より施策の制度が高まり、企業の目指す姿へと近づきやすくなるでしょう。

ただし、施策を実行するにあたり、注意したいのが「施策の実行を目的にしないこと」です。施策は“目的”ではなく、あくまでも目標を達成するためのプロセスでしかありません。施策の実施を目的としてしまうと、進むべきルートが曖昧になってしまったり、本筋から逸れた取り組みになってしまう可能性があるので注意しましょう。

人的資本経営を成功させるための実践ポイント

人的資本経営を成功させるためにも、あらかじめ知っておきたい実践ポイントがあります。施策で効果を発揮するためにも、どのようなポイントがあるのかを参考にしてみてください。

施策の考案では3つの視点を持つ

人的資本経営の施策を考案する際には、以下の3つの視点を持つことが重要です。

人的資本経営の施策選定ポイント

①未来志向
これまでの企業の取り組みや活動などを振りかえって現状を正しく認識して、未来を見据える

②自社らしさ
競合他社にはない自社独自の性質

③経営戦略×整合性
経営戦略との整合性を図り、企業や従業員の一部にとって最適な状態にしない

3つの視点は、本当にその企業に必要な人的資本経営の施策を考案するシーンではもちろんのこと、ステークホルダーに対する訴求ポイントにもなります。ただし、企業によっては必ずしも上記の視点がマッチするとは限らないため、3つの視点をベースに自社に必要な視点を模索していくことも大切です。

経営戦略と人事戦略のすり合わせはしっかりと行う

経営戦略と人事戦略は連動させることが大前提です。本記事でも触れましたように、経営戦略と人材戦略は切り離せない要素であり、それぞれが乖離してしまうと、人的資本経営の実施は難しくなってしまいます。社内状況に変化がありながら、取り組み内容は変化前と同じ、といった事態に陥ってしまうと、効率的に目標へと向かうことが難しくなってしまうかもしれません。経営戦略のみ、人材戦略のみなど、一方に重きを置くのではなく、それぞれをしっかりと紐づけて定期的に効果測定や社内状況の確認などを行うことをおすすめします。

目指す姿は「経営理念」を重視して設定

人的資本経営を取り入れるために、目指す企業の姿を設定する際には「経営理念」を重視する必要があります。「他社が○○を目指しているから」と、競合他社に沿うのではなく、自社がどうありたいのか、自社はどうなりたいのかという点を重視して設定してください。この自社らしさこそ、企業が一丸となって目標達成するうえで必要なことであり、ステークホルダーの意識の変化にも対応した考え方となります。

最後に

今回は、近年注目されている人的資本経営について解説させていただきました。時代の変化とともに、適切な経営手法も変わり、画一的な取り組み内容では市場で生き残ることが難しくなりつつあります。目まぐるしく変化する時代ではありますが、しっかりと対応できれば企業の生き残りを図れるようになることはもちろんのこと、組織としてさらなる成長も期待できます。まずは、自社の目指す姿や、現状などの認識から始め、どのような施策が必要となるのかを、本記事を参考にしながら考えていただけたらと思います。

この記事を書いた人

岩崎久剛

1984年兵庫県生。関西大学工学部を卒業後、受験支援事業を全国展開する大手教育事業会社にて総務人事など管理部門を経験し、2012年より人材業界に転身。大手総合人材会社にて求人広告、人材紹介など中途採用領域での法人営業を経験し、従業員数名規模のベンチャーから数10か国に展開するグローバル企業まで多様な業界、事業フェーズの企業の採用を支援。2016年よりハイキャリア領域の人材紹介事業立上げメンバーに参画し、関西ベンチャーを軸とした採用支援に従事。その後、ビズアクセル株式会社を起業。MBA(グロービス経営大学院)。

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