スタートアップにおける「ピボット」とは?

スタートアップ企業において、「ピボット(Pivot)」という言葉が使われることがあります。ピボットとはもともと「回転軸」を意味する言葉ですが、企業経営においては「方向転換」「路線変更」という意味で、事業の方向性を転換することを指して使われます。

今回はこの企業経営におけるピボットという言葉についてご紹介します。特にスタートアップ企業において使われることが多い言葉ですので、現在スタートアップ企業に勤められている方、またこれからスタートアップ企業への転職を考えられている方にぜひ知って頂ければと思います。

目次

ピボットとは

企業会計におけるピボットとは「方向転換」「路線変更」という意味の言葉で、特にスタートアップにおいては取り組む事業そのものに大きな変更を加えることを指します。スタートアップでは取り組む事業内容を決める際、誰の、どのような課題を、どのような方法で解決するのかといったことを決めますが、それが革新的でまだ世の中にないビジネスであればあるほど、最初に設定した仮説が外れることは多いものです。

また事業に取り組む中で顧客や市場について理解が深まり、それによって「このままではうまくいかない」「時間がかかりすぎる」「資金がかかりすぎる」「戦い方を変えないと競合に勝てない」といった現実が見えてくることもあります。あるいは事業に取り組んでいる間に市場環境に大きな変化が生じ、前提が変わってしまうこともあるでしょう(リーマンショックや東日本大震災、新型コロナウイルスの流行などを考えると理解しやすいと思います)。

このように何らかの理由で事業の勝ち筋が見えにくくなったときや、もしくはよりうまくいきやすいと思われる方法を見つけたときに、最初に設定した事業内容や方向性を変更することがピボットです。ピボットは失敗したように捉えられることもありますが、最初に設定した仮説がそのままうまくいくことはむしろ少なく、それに固執することは傷を深くしてしまいます。特にスタートアップ企業は資金にも限りがある場合が多く、うまくいかない方向性にこだわることは危険です。適切に事業内容を見直したり方向性に変更を加えたりすることを躊躇すべきではありません。ピボットはこのように、新しい事業に取り組むスタートアップ企業にとって必要なものであり、成功に至るための必要なプロセスであると考えるべきでしょう。

ピボットと事業フェーズの関係

スタートアップの事業フェーズは一般的に「シード」「アーリー」「シリーズA」「シリーズB」と進んでいきます。シードやアーリーの段階ではまだ事業に固まっていない部分が多く、当初設定した仮説に従って事業を進め、都度検証を行う必要があります。また、一定程度PMF(プロダクトマーケットフィット)を達成したシリーズAの段階に至っても、その事業に更に大きな資金を投下して想定したような事業成長を実現できるのか、やはり細かく確認しながら投資を進めていかなくてはなりません。

ピボットとの関係で言えば、そうした各事業フェーズでの仮説検証を通して「この方向性のまま進めてよいのか」を常に確認し、必要に応じピボットすることを選択肢として考えておくべきです。ピボットをするのであれば早い方がよく、判断が遅れればそれだけピボットをしたときの影響範囲も大きくなりますし、資金や組織にかかる負荷も大きいものになってしまいます。

ただし一方で、安易にピボットを行うことには危険も伴います。どのような事業であってもすべてがスムーズに進むということはほとんどなく、常になにか課題を抱えているものです。安易なピボットは目の前の課題から逃げるだけで組織などの根本的な問題は解決していないかもしれません。ピボットは事業フェーズを後退させるものでもありますから、安易にピボットを繰り返してしまうといたずらに時間と資金を浪費してしまいますし、組織も疲弊させてしまいかねません。

ピボットを行う以上は、有意義なものにしなければなりません。常にピボットを選択肢として持ちつつ、そのピボットは本当に前向きなものなのか、他の選択肢は検討しつくされたのかを考え、有意義な結果につながるものであることを信じて意思決定する必要があります。

スタートアップにおけるピボットと資金の関係

次にスタートアップにおけるピボットと資金の関係について解説します。スタートアップは常に事業成長と資金の関係を見定めながら経営を行う必要があり、その判断に誤りがあると資金が枯渇し事業を継続できなくなってしまいます。なるべく精緻な事業計画を作り、その通りに事業が進む場合には、いつ、どのくらいの資金が必要なのかを把握しておく必要があります。

スタートアップがピボットを行う場合には、その事業計画そのものを練り直すことになります。必然的に資金計画も見直すことになりますので、ピボットを決める際には必ず「このピボットをしても資金が枯渇しないか」を合わせて考えておかなければなりません。そのため、資金が残り僅かになってからのピボットは危険です。ピボットをする場合には、まだ資金に余裕がある間に意思決定することも重要でしょう。

既にVC(ベンチャーキャピタル)などから資金調達を行っている場合には、あらかじめピボットの計画について説明を行い、ピボットすることそのものについて理解が得られるか、ピボット後の追加の資金調達に応じてもらえるかなどについて事前に確認しておくことも忘れないようにしておきたいところです。そのためVCなどとは常日頃からコミュニケーションをとっておき、事業の状況を伝えておくことで、ピボットをすることになった際にその必要性を理解してもらえるようにしておくことも大切なことだと思います。

ピボット・ピラミッドとは

ここまで、スタートアップにおけるピボットについてご説明してきました。ピボットとは事業の方向性になんらかの変更を加えることを指しますが、具体的にはどのような点に変更が生じるのでしょうか。

スタートアップ企業がピボットを行う際に変更を加える点は、状況により異なります。ターゲット顧客が変わる場合もあれば、ターゲット顧客は変わらずプロダクトの内容が変わる場合もあります。またプロダクトの内容は変わりませんが販売方法が変わる場合もあります。

このように「何を変えるのか」は様々ですが、それを理解するうえで重要な考え方のひとつとして、「ピボット・ピラミッド」というものについてご紹介したいと思います。尚、ピボット・ピラミッドとは、ピボットの対象(ピボットによって変えるもの)の階層構造のことを指します。

ピボット・ピラミッド 5つの階層

階層は上から順に以下のようになっています。

  1. グロース戦略(どのような方法で成長を実現するのか)
  2. テクノロジー(開発言語などプロダクトを開発する手段、環境)
  3. 解決方法(顧客の課題をどのように解決するか)
  4. 課題
  5. ターゲット顧客

ピボット・ピラミッドが階層構造であることは、この中のどれかひとつを変更しようとした場合、それより上の階層のもの全てに変更が生じるということを意味しています。例えば最も下層にあたる「5.ターゲット顧客」を変えないまま「4.課題」を変えたり「3.解決方法」を変えたりすることはできますが、その逆は成立しないことが多いということです。

もちろんこれは一般論であり事業内容などによっては例外もあるでしょうが、スタートアップがピボットを行う際の基本的な考え方とされているものですので、ピボットについて考えたり社内外で議論をしたりする際に共通認識として持っておくと便利です。VCの担当者などはたいていこうした考え方を理解していますので、スタートアップ企業の中でも(特にボードメンバーは)知っておくべきものだと言えるでしょう。

ピボットを行う際にはメンバーの納得感が重要

スタートアップ企業にとってピボットは必要なものですが、安易に繰り返してしまったり、十分な検討・説明を経ないままピボットをしてしまったりすると、組織を疲弊させてしまうことがあります。

スタートアップで働くメンバーにとって成長は薬であり、成長しない環境に居続けることは楽なことではありません。ピボットはある意味では「やり直し」という面があり、メンバーに「また最初からか」と思わせてしまう恐れがあります。ピボットの必要性やその後の事業計画について適切な説明を行い、メンバーの納得感を得なければ、よいピボットにはなり得ません。逆にメンバーが納得し、一致団結して新しい方向性に向かって組織を進めていくことができれば、そのピボットは良いものになる可能性が高まります。

もちろんボードメンバーはあらゆる選択肢を考え、検討に検討を重ねてピボットの意思決定を行っているはずですが、その「十分な検討を重ねた結果だ」「他の選択肢はない」という部分について必ずしもメンバーに伝わっているとは限りません。ボードメンバーは十分な検討を重ねた意思決定だと思っていても、メンバーは「安易な方針転換だ」「経営陣は現場の大変さをわかっていない」などと感じていて、いつの間にか組織に溝ができてしまっているという場合もあります。そのようなケースでは現場に不満が蓄積して離職が増えるなどし、チームが崩壊してしまう恐れがあります。ピボットは組織やメンバーに負担をかけるものであることを理解し、ボードメンバーは「わかってくれているはず」などと思わず、懇切丁寧な説明を尽くす努力をするべきでしょう。

最後に

今回は「スタートアップにおけるピボットとは?」というテーマで、ピボットという言葉についてご紹介させていただきました。スタートアップ企業にとってピボットは必要なものであり、成長の過程です。ピボットの意思決定は勇気の必要なものですが、スタートアップ企業のボードメンバーとなる方にはぜひこうしたピボットの必要性を知っておいていただきたいと思いますし、メンバーとしてスタートアップ企業で働く方にもピボットをネガティブに捉えるのではなく、組織を前向きに進めるための過程だということを知っていただければと思います。

この記事を書いた人

岩崎久剛

1984年兵庫県生。関西大学工学部を卒業後、受験支援事業を全国展開する大手教育事業会社にて総務人事など管理部門を経験し、2012年より人材業界に転身。大手総合人材会社にて求人広告、人材紹介など中途採用領域での法人営業を経験し、従業員数名規模のベンチャーから数10か国に展開するグローバル企業まで多様な業界、事業フェーズの企業の採用を支援。2016年よりハイキャリア領域の人材紹介事業立上げメンバーに参画し、関西ベンチャーを軸とした採用支援に従事。その後、ビズアクセル株式会社を起業。MBA(グロービス経営大学院)。

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