お客様が本業に集中できるように、日本のバックオフィスを変えていくことが我々の使命
エフアンドエムネット株式会社 代表取締役社長 上枝 康弘 氏

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プロフィール

エフアンドエムネット株式会社
代表取締役社長
上枝 康弘(うええだ やすひろ)

1998年株式会社エフアンドエム入社。会計サービス事業部長等を担当し、2012年HR領域の新規事業SR STATIONを立ち上げる。同事業で1,000名以上の社会保険労務士との面談、コンサルティングを通じて日本の労務分野の課題に直面する。その課題解決を目指し、2014年にITで労務手続きを自動化・効率化するオフィスステーションシリーズをリリース。2015年より現職。

エフアンドエムネット株式会社

2015年にエフアンドエムグループの新規事業「オフィスステーション」を立ち上げ、現在はエフアンドエムネット株式会社の代表取締役社長を務める上技代表に、「オフィスステーション」誕生の背景、今後のビジョンなどを語っていただきました。

目次

これまでの自分を変えるべく、実力主義のエフアンドエムへ

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岩崎 エフアンドエムに入社前の学生時代、入社までの経緯をお聞かせください。

上技 僕の学生時代を振り返ったときに、今でも忘れられない出来事なのですがバブルがはじけた後に父が勤めていた会社が倒産するということがあったんです。会社の倒産から結構苦労をしたものの再就職し、僕の学費を稼いでくれてた父親には今でも感謝してはいます。ただ当時の僕にとっては、父の背中を通じて世の中の厳しさに触れ、学生ながらに社会に出たら一人で稼いでいく力を身につけないといけない、という思いを持つようになりました。

そして就職が目の前に差し迫った大学4回生のときに、今までの自分の人生ってどうだったんだろうと振り返ったんです。振り返った際に自分の中で出てきたのが、これまでの人生で一生懸命本気で頑張ったことは何回あったのだろうかという思いでした。自分の人生の中で僕はあんまりなかったなと思いました。

大学受験は今の自分で何とかいけそうなところはどこだろうと学校を選びました。部活もずっとバレーボールをやっていて、当時香川県でベスト8とかベスト4とかでもあり、優勝するためにと練習はしてるんですが、個人として死ぬほど頑張ってきたかというとそうじゃない。一方で、一生懸命何かをやってきた人は、やはり色んなものを手に入れてるなとも感じました。

そこで学生時代まで死ぬほど頑張ってこなかったのだから、社会人では頑張って成果が上げられる人間になろうと思いました。そんな思いで就職活動にのぞんでいた中、友人がエフアンドエムを見つけ、この会社に応募しようと思っているという話を聞きました。会社のことを教えて貰った時に、面白いビジョンを掲げている会社だなと感じ、自分も受けてみようと思ったのがきっかけでした。

岩崎 当時はエフアンドエムにどんな印象を持たれていたのですか?

上技 当時は若い人でも一生懸命頑張れば、主役になれる会社風土が印象的でした。当時会社説明会に参加すると、社員代表の方がプレゼンテーションをされる時間がありました。年齢が3歳ほど上の方がお話をされていたのですが、その方がとても自信の溢れる魅力的な方でお話をされている姿も当時の自分にはとても格好よく映りました。自分もエフアンドエムに入社し、この方の様に成長していけたらと思いましたのと、実力主義の会社風土も魅力的に感じていました。

そして選考が進んだ際には、他の大手企業の選考と違い、別に自分を飾って話さなくとも、自分のことを評価して頂き、選考が進んでいきました。そんな自然体で選考にのぞむことが出来た企業が唯一、エフアンドエムだったこともあり、入社を決めました。

岩崎 エフアンドエムに入社され、最初はどんな仕事をされていたのですか?

上技 僕は1998年の4月入社ですが、2000年7月に上場しましたので正に直前期になります。事業計画を達成しないと上場できないこともあり、入社後の2年間は売上を立てていくことに大忙しな時期でもありました。

新卒1年目当時は東京配属(現在のアカウンティングサービス事業)になりましたが、その当時の先輩はあまり拡大が得意でない方が多かった組織でした。全体で30人~40人ぐらいのチームでしたが、配属2か月ほどで早々にトップセールスになることができました。

配属早々にそんな結果を出せたこともあり、お客さんのお問い合わせ案件は、一番いい案件が僕のところに回して頂けるようになりました。いい案件なので確実にクロージングしてきなさいというプレッシャーもありましたが、その案件を着実にまとめることで、成績は上がる。そうすることでまたいい案件を回して頂ける、そのサイクルが楽しかったことを覚えています。社会人のスタートはある種、絶好調な感じだったと思います。僕はお客さんにも恵まれて、さらにはお客さんに喜んで貰えるこの事業がすごく好きになっていきました。


そしてこれまで東京、大阪、名古屋の3拠点体制だったんですが、1年目(1998年)の12月に仙台に拠点を出すことになり、僕はその仙台拠点の立上げメンバーに配属されることになりました。

新拠点立ち上げと低迷組織の再建

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岩崎 入社早々にそんな新しいチャレンジがあったのは恵まれていましたね。

上技そうですね。お客さんにも恵まれていた東京から仙台に異動になることに最初はやや複雑な気持ちもありましたが、最終的にはこの機会は自分にとってチャンスだなと思い、仙台行きを了承しました。

その当時は大阪が本社で東京、名古屋が拠点だったのですが、各拠点で一番お客さんを増やした拠点立上げの立役者はこの人だという社内で語り継がれる伝説みたいなものがありました。ただある程度形になっている拠点で、もう1回伝説を作るなんてなかなか難しい。そんなこともあり、仙台で挑戦してみようと思いました。

ただ実際は全然簡単ではなかったです。当時東北では知名度もなく、8割9割のお客さんはエフアンドエムの名前を聞いたこともないという状況でした。そんな中で如何に東北のお客さんに信用して頂けるかということが大事だと思い、一生懸命頑張ってきました。当初は苦労したものの、お客さんの応援もあり、なんとか成果を上げてきました。

当時そんな信用もない状況でしたので、サービスを導入頂いたアフターフォローも徹底すること、競合に負けることがあったとしてもお客さんに振り向いて頂けるように継続したフォローを続けることなど、信頼を重ねることを大事にしていきました。そんな中でお客さんに地元の新たなお客さんをご紹介頂いたり、競合に負けた1年後に弊社のサービスを導入頂いたりする機会もあり、仙台では顧客満足を高めることの大切さを学ばせて貰ったように思います。

ただ自分は成績があがるものの、伸び悩む同期や後輩、退職してしまうメンバーもいました。そんな中、初めて2人のメンバーを任せて頂き、2人とも平均的なメンバーの倍の成果をあげられるまでマネジメントしました。とにかく成果を上げないと絶対楽しくならないと当時は思っていたのと、僕は営業は科学だと考えていたので、こんなケースにはこんなご提案をしてといった自分の中で見出した成果を上げる方法を徹底的にメンバーに教えるようにしてきました。そんな成果も相まって次の年は8人のメンバー任せて頂き、仙台では最終的に目標数字の2倍ぐらいの成果をあげることができました。

そんな折、東京拠点の立て直しのお話があり、再び東京に行くことになりました。仙台は自分が一から立ち上げて、最高の組織に仕上げてる状態でしたが、当時の東京はどうかというと苦戦続きのボロボロの状態でした。そこで今までのやり方をすべて見直し、再建を進める中、3年間で当初在籍していた9割が退職し、新しいメンバーに入れ替わりました。その代わり、低迷組織から脱却し、全国で3番目ぐらいにまで数字が上がる組織にまで飛躍させることができました。

当時はこの経験を成功だと思っていたのですが、今当時を振り返ると、失敗だったなと自分の中では捉えています。自分のこれまでの成功体験を押し付けるような形で、人の意見もなかなか聞けていなかったですし、当時辞めていった人達のそれぞれの強みを全然生かせてなかったなと思います。もっと活躍して貰える方法があったのではないかと。

マネジメントも僕が見てるうちはいいんですけど、僕が直接管理しないと成績が落ちるチームやメンバーが出てきた際には、自分が鞭打ち役みたいになることもありました。ただ僕は当然鞭なんて打ちたくはないですし、そんなマネジメントでは人間関係も良くなるわけがなくて、何か孤独感を感じていたりもしていました。

事業責任者時代の挫折

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岩崎 それでも成果は残されていた中で、事業責任者にを務められたと思うのですが、当時はどんなことを考えておられましたか?

上技 その後、アカウンティングサービス事業の本部長になって成果を出し、コンサルティング事業の本部長も兼任することになりましたが、当時は挫折の連続でした。こんな組織でありたいというビジョンなども掲げ、事業の数字を伸ばすことはできていたのですが、マネジメントではかなり苦労をしました。

事業責任者の立場を務めることになったことで、部下として先輩社員をマネジメントしなければならない瞬間もありました。ただ、先輩社員にも上からガンガン落とし込んでいくマネジメントをしていたので、うまくいかないことがとても多かったです。当時を振り返ると、自分の器が足りない中、パワーで押し切る以外の方法がなかったのだと思います。

それでも成績がいいメンバーは全然良かったんですよ。成績が上がって評価もされますし、任せもしましたが、苦戦するメンバーは逆にどんどんダメになっていきました。適者生存型の組織になってしまっていた様に思います。

そんなマネジメントに四苦八苦していた2012年に、組織再編で事業責任者から新規事業立上げの組織に異動する機会がありました。この異動は新しい挑戦でもある一方、これまでの自分のマネジメントが本当に自分の目指す在り方なのか、自問自答をするきっかけにもなりました。

岩崎 異動当時はどんなことを考えておられましたか?

自分のこれまでのマネジメントに自問自答をした時に、うまくいかないメンバーを辞めさせ、残る人だけを集めて事業がやりたいわけではないというのが本音でした。皆と良い関係を築きながらやる気、やりがいを持って働く環境を作りたい、でもそれはできないものだと勝手に自分で決めつけいてた感がありました。そんな中、当時、社外研修でアチーブメント株式会社の頂点への道という講座を受ける機会がありました。自分にないマネジメントの考え方に触れたことがきっかけで、人間関係を壊したり、人が嫌な思いをしなくても成績が上がる方法ってあるんじゃないかということを考え、やり方をガラッと変えてみたんです。

そうすると別に自分の思ったやり方を、押し付けた形でなくとも意外と結果が出るとわかりました。余程間違ったやり方をしていない限り、本人の意思に任せる形にしてみたら最初の1、2カ月はなかなか進まなかったりはしますが、半年くらいで見た際にはある程度結果も出るようにもなりました。寧ろ活き活きやってたりとか、メンバーの成長を感じられる機会なんかが増え、もう自分が鞭を打つよりも、絶対に主体性に任せる組織の方が良いなと思えました。このようなことを実践したことで僕の人生はガラリと変わりました。

顧客の課題に向き合う中で辿り着いた「オフィスステーション事業」

岩崎 そんな心境の変化もあった中、新規事業はどのような形でスタートしたのですか?

上技 今のオフィスステーションの前身になる新規事業は、当初6人ぐらいで立ち上げた事業でした。当初より会社に対して自分達の挑戦を何とか形にしてようという思いがすごく強く、また優秀なメンバーと一緒にやれたこともあり、1年半で単月黒字化まで持っていくことができました。

当時はどのような事業かといいますと、以前より弊社では税理士の先生向けにノウハウを提供するサービスをやっており、それを社労士の先生方にも同じようにノウハウを提供する会員制のサービスが広げられるのではとスタートした新規事業になります。

当時エフアンドエム本体の事業では、約5,000社の会員企業様より月額2万5000円の顧問料を頂いていました。ただ社労士の先生方に同様にコンサルティングを提供するサービスはありませんでしたので、弊社ノウハウをご提供し、より専門性の深いサービスを提供できれば、世の中にとって価値あるビジネスになるのではないかと考えました。

ただ当時は最大300事務所以上の社労士事務所さんとお付き合いをしていましたが、全てが成功するわけではありませんでした。弊社のコンサルティングサービスを導入頂きました社労士事務所さんには同じ形でノウハウ提供をさせて頂いていたのですが、そのノウハウを実務で取り入れて頂ける事務所さん、そうでない事務所さんで明確に分かれました。取り入れて頂ける事務所さんは確実に成果を上げておられてるのですが、そうでない事務所さんは当然成果が出ない状態で、取り入れて頂いた方が確実に良くなるという結果は明白にも関わらず、そのような状況が起こっていました。

岩崎 それにはどのような背景があったのでしょうか?

上枝 そんな社労士の先生が不思議で仕方なく、直接お話を聞きに伺うと「本業が忙しくてそれどころじゃない」という多くの言葉が返ってきました。では本業とは何なんですかと聞くと、労務手続きが大変なのにも関わらず、効率的な良いシステムがなくて困っているというお話でした。

また、当時は社会保険と雇用保険の手続きがWeb APIで申請ソフトより直接手続きできる様になる変わり目のタイミングでもありました。世の中的にも労務手続きの仕組みを変えていこうという気運があり、またマイナンバーが始まるタイミングでもあった中、マイナンバー管理と労務手続きをクラウド上で手軽にできるシステムを作れば喜んで頂けるのではないかということで、新規事業のプランを提出したのがオフィスステーション事業をスタートするきっかけでした。

また、これまで展開していたサービスは属人性も強く、スケールが難しいという課題もありました。そのような背景もありました中、オフィスステーションはSaaS型でスケーラビリティを狙い、社労士業界のナンバーワンソフトを目指すという方針を立てて進めていきました。

自分達だからこそ形にできるサービスを

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岩崎 新規事業なので最初は試行錯誤されたかと思いますが、その中で例えば顧客になかなか受け入れて頂けないなどの壁があったのではないでしょうか。

上技 正直ほとんどありませんでした。それは「誰に」「何を」提供するかが明確だったからだと考えています。「社労士事務所さんに対して労務手続きをイノベーションする」という当初からの考え方は明確に定まっており、コンセプトが外れて困るということはありませんでした。

労務手続きは従業員が起点になることがほとんどです。例えば社員を雇用する、あるいは社員の家族構成が変わるとか、そういう内容を国に届け出する手続きの流れで起点になる最初が「紙」なんですよ。これまでは社員が届出けを会社でExcelなどに入力し、それを社労士事務所さんに送る。そして社労士事務所さんが手続きのソフトを入力、印刷して提出するのが一連の流れでした。

オフィスステーションでは社員がスマホで入力し、その内容を会社がチェックする。その上で社労士事務所さんに渡し、社労士事務所さんはその電子データを元に電子申請をするという流れのソフトで、書類などがほぼ発生せず、業務効率が図れる仕様にしました。更にはこれまでのソフトの半額以下の値段で提供させて頂いていたので、滑り出しも好調でした。

苦労した点でいうと社労士事務所さんだけではなく、企業さんからもお問い合わせを多く頂くようになったことでした。そのきっかけはe-Gov(電子政府の総合窓口)のサイトに、API対応のソフトとして社労士版のオフィスステーションを載せて頂いてましたが、当時はe-Govに対応したサービスがほとんど無く、企業さんよりお問い合わせを頂くようになりました。

ただ企業さん向けの仕様でないことはお伝えさせて頂くのですが、デモなどを見て頂いたら皆さんから好評でした。こんな風に言ってくださる企業さんがいらっしゃるのであれば、企業版も作ろうという方針になり、社労士事務所版から4か月後に企業版をローンチしました。ローンチの当初は企業さんから「この機能があれば契約するのですが」「この機能も付けて欲しい」など多くの要望を頂き、それにお応えできる様に開発を進めるにしたがい、導入企業さんも増えていきました。

Office

岩崎 大阪を基盤にSasSを展開していくに際してのお考えを聞かせてください。

上技 エフアンドエムは江坂が創業の地であり、グループとしても江坂という土地、大阪への拘りがすごく強いと思っています。じゃあエフアンドエムネットが大阪にしか拠点を置けないのかというと、その点は割とフレキシブルに考えてるというのが本音です。例えば東京に開発拠点作ろうかと考えたことも何度もあるのですが、無理に東京に拠点を出さなくとも、大阪にも優秀な方は多くいますし、それなりに採用も出来ている現状もあります。

そういう状況を鑑みた上で、エフアンドエムネットは大阪での中心的なIT系企業としてのポジショニングを獲得できればと考えています。逆に大阪に拘ることで、関西の上位層の人材に興味をもって頂けたらと思っています。

岩崎 今後の事業成長に於いて、上枝さんが考える組織の在り方を聞かせてください。

上技 僕達は「バックオフィスを支援することで、すべての人と企業が本業に集中できる世の中を作ること」を目指しています。その目標を実現するために、ITで何ができるのかというのを考えていくこと、またグループ全体のDX推進などが僕達に求められていることであり、進めていきたいことだと思っています。その役割を担っていきたいですし、形にできる人材を今後も迎え入れていきたい思っています。

現在、幹部クラスなどに経験者を迎え入れているように進めていますが、これは会社にとってはとても良いことだと考えています。僕がエフアンドエムネットの代表になるまでは、割と内向きな組織だったと思っています。エフアンドエムネットが今後発展していく上では、中途と新卒をバランスよく増やし、良い意味で価値観が偏ってしまわない方がいいと思っています。

会社として大事にしたいビジョンは勿論あって、そこに共感する人材を集めてはいかなくてはと思ってはいます。根っこの大事にしたいと思っていること、グループのビジョンにも共感している上で、色々な価値観、多様性を認めながらみんなで目的地に対して向かっていく組織にしていきたいと思っています。ただ新卒だけでそれを実現することは難しいかなとも思っています。新卒メンバーを育てていくと同時に、中途からも多様性のあるプロフェッショナルを迎え入れることも積極的に進めていくことが、理想とする組織を築いていく上で最も良いかと考えています。

エフアンドエムは創業以来、お客さんの悩みや課題を聞くことを起点に、これまで事業を起こしてきました。これからもお客さんの声に耳を傾け、自分達だからこそ形にできるサービスを展開し、お客さんにとってかけがえのない存在になっていけたらと思っています。

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