東京だけではない。関西にはまだまだ良い起業家がいると確信に変わった
ベンチャー支援家 権 基哲 氏

kon
プロフィール

CON代表・YouTuber
権 基哲(こん きちょる)

大阪市立大学卒。2008年に有限責任監査法人トーマツに入社し、上場会社の決算監査、 IPO支援など上場準備監査にも従事。2013年にトーマツベンチャーサポート株式会社関西支部立上げを経験し、2015年よりOSAP(OIHシードアクセラレーションプログラム)統括責任者として2年間で60社支援、累計資金調達額40億超、事業提携数40件超の実績に繋げる。その他、大手CVC設立支援、大手アクセラレーションプログラム運営支援など数々のプロジェクト運営実績も有する。2019年11月よりベンチャー支援事業を軸に「Con」を創業。アドバイザリー事業の他、YouTubeチャンネル「こんちゃんネル-社長の素の顔-」を展開。

公式サイト
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トーマツベンチャーサポート社の在籍時より関西のベンチャー支援に携わってこられた権氏に、支援家ならではのマーケットを俯瞰した視点での関西起業家の魅力、権氏が大切にされるベンチャー支援の考え方などについて語っていただきました。

目次

大手監査法人に入社するも、不向きな自分に直面

岩崎 権さんが監査法人トーマツに入社した経緯をお聞かせていただけますか。

 大阪市立大学の2回生頃から公認会計士の勉強を始めだし、大学時代の半分は会計士の勉強をしていました。4回生では合格出来ず、1年浪人して24歳(2008年)の11月に会計士に合格し、監査法人で働くことになりました。

監査法人での会計監査業務は監査クライアント先や部屋を用意してくださり、そこで缶詰めで仕事するみたいな感じなのですが、その密閉空間で本当にひたすらただ黙々と作業してる様な働き方でした。僕自身が細かいことがあまり得意とはいえないこともあり、そんな現場の中でやっていくのはちょっときついなと感じてました。

岩崎 そもそもなぜ会計士を目指されたのですか。

 僕は在日韓国人で父親の教えが大きいんです。マイノリティなので在日外国人として日本で生きていく中では、正直差別もされる瞬間もあるので、武器を身につけないといけない。その武器として、資格をとれば食いっぱぐれはないだろうという教えがありました。

また⼤学の時に明確にやりたいことがあったわけではなかったので、監査法人の立場で⾊々な業種の企業を⾒ていき、⾃分に合う業種や企業を探せばいいかなとも思っていました。数字が好きなのも、会計⼠を⽬指したきっかけの一つですね。

リーマンショックの中、転機になった家入一真氏

 監査法人には2008年12月に入社したのですが、そのときちょうどリーマンショックが起こりました。リーマンショック後の数年間は、監査法人のクライアントになる大手上場企業がどこも減収減益でコストカットがすごく、監査報酬も下げられる状況が続いていました。

そんな状況もあり、3大監査法人は軒並み大量希望退職を募っていた時期でもありました。外的環境によって自分の人生が右往左往する、安定していると思っていた公認会計士という仕事もそうでないのだと気づかされたように思います。

当時3年目だったのですが会計監査はすごいマニアックで狭い分野でもあり、会社を出るにしてもなかなか次の選択肢が多いとは言えない状況の中、僕は会社を辞めませんでした。その時に自分の人生で本当に成し遂げたいことはなんだろうと真剣に考え、2年くらい自己啓発に貯金をつぎ込み、自分探しをしていました。すべては自己責任なので、自分の納得感のもてる道を探そうと決めて毎日を過ごしていました。

そんな中でたまたま、現在、株式会社CAMPFIREの代表をされています家入一真さんの「もっと自由に働きたい」を読み、大きな影響を受けました。初めて家入さんの本を手にしてからこれまで、50回以上読ませて貰ったかと思います。

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『もっと自由に働きたい とことん自分に正直に生きろ。』
家入一真 著(ディスカヴァー・トゥエンティワン)

岩崎 それほど家入さんに影響をうけた理由は何だったのですか。

 自己啓発本は基本的に「困難があったら立ち向かい、その先に発見がある」みたいな内容のものがほとんどかと思います。ただこの本は逆で「逃げた結果が何かないかもしれないけど、やっぱり逃げるという方向が違うから全然違うものが見えてくるかもしれない」という内容でした。当時悩んでいた中でその考え方にはとても感銘を受けましたし、また家入さんの生き方そのものも含めて当時の僕にはすごく刺さりました。

そこから家入さんが創業当初から書いておられるブログを全部読んだり、当時家入さんがTwitterで電話番号を晒しているところに電話をかけてみたり(笑)、東京出張行った際にも家入さんが共同創業で立ち上げられていたBASE社のオフィスに押しかけたりとかしてました。勿論、家入さんはいなかったですけどね(笑)。

その後、たまたまITisKansai(イッツカンサイ)が主催するイベントで家入さんが登壇される機会があると知りました。当時僕は家入さんに会いたくて仕方なかったので、一番に来場し、最前列でお話を聞かせて頂いていました。その時に家入さんには書籍のお話などの他に、トーマツのベンチャー支援事業についてなどもお話をさせて貰いました。

その家入さんとの機会が2013年2月頃で、すると偶然なのか運命か、2013年3月にトーマツベンチャーサポート(以下 DTVS)の関西支部を立上げるお話がありました。当時はベンチャーに興味があったわけではなかったのですが、環境を変えたかったこともあり、本当にただ勢いでその立上げに関わることを決めました。ベンチャー支援の道に足を踏み入れるきっかけは間違いなく家入さんの存在が大きく、逃げた方向にベンチャー支援の道があったという感じです。

それから2013年の5月にDTVSの関西支部が立上がり、自分が主体となってイベント運営をしたり、ベンチャーに繋がりの多かったITisKansaiの神田さんにお力添え頂いて、いろんな起業家と一緒に飲みに行かせて貰いました。そんな風に起業家と連日飲みに行っている中、気持ちが毎日上がっている自分に気づきました。僕の場合、自己啓発本は読んだ時には気持ちが一瞬上がるもののすぐに下がってしまうのですが、この感覚は何だろうと。それを紐解くと、僕は起業家の生き様にすごくエネルギーを貰っているのだと思いました。

当時の僕は、例えるなら自分の人生のハンドルも握れておらず、助手席ぐらいにしか座れていない状態だったかと思います。ただ僕がお会いしてきた起業家の方達は高速道路を時速200キロで走りながらも片手ハンドルで回してる様な、危うくてクレイジーな様だけど、その生き方が本当にかっこいいなと思いました。今まで明確にやりたいと思えることがなかなかない自分でしたが、「こういう人たちと仕事がしたい」と初めて思うようになりました。それが2013年3月頃ですね。

そしてベンチャーサポートにフルコミットしたいと思い、その当時の責任者だった役員に「ベンチャーサポートにフルコミットをしたい。それが難しいなら退職します」と話をした結果、色々考えてくださり、東京であればベンチャーサポートのポジションを用意できるとご提案を頂きました。そこから東京で1年ベンチャーサポートの仕組みを勉強した上で、2015年に関西に戻り、本格的に関西でのベンチャー支援をスタートしました。

当時感じていた関西ベンチャーの印象

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岩崎 東京と関西のベンチャーの違いとはどのようなものでしたか。

 一番強く感じたこととしては、ビジネスモデルの作り方が全く違うという点でした。特に最近だと関西もエクイティファイナンスなども出てきてますが、当時は投資を受けたり、Jカーブを掘るなどの発想などがそもそも少なかったんです。それを前提としてビジネスモデルを作る東京のスタートアップとの差分は率直に感じました。

岩崎 そんな部分を踏まえ、関西でどのような支援の形を目指されていたのでしょうか。

 大阪に帰ってきた際に一番課題と感じたのは、東京だと当たり前のファイナンスや組織作りなどのノウハウが大阪にはなかったことです。2015年時点の大阪はそもそも情報が少ない、手に入れる環境が整っていないという状況でした。当時だと関西のベンチャー経営者の方達は、東京へ営業には行くんですが、東京でトレンドなどの情報収集をする慣習もなかったので東京-大阪間の情報格差は一向に縮まらない状況にあったと思います。例えばエクイティファイナンスなどの選択肢があることで、東京の経営者は明らかにビジネスモデルの幅が広がっていました。この東京で当たり前にある選択肢を関西に持ち込めないかと当時は考えていました。

そう思っていた時に今の大阪府の起業家支援プロジェクト(現在のBooming!)が立上がる話などが重なりました。関西支部にリーダーを務められる人がいなかったので、僕がリーダーに就任することになり、EO(Entrepreneurs' Organization)大阪のTOPを務めておられた谷井さん(株式会社シナジーマーケティング 代表取締役会長)と連携する形で、2015年の8月にBooming!をスタートさせました。当時は東京に残る選択肢もあったのですが、関西の起業家の方が個人的には好きだったこともあり、関西に戻ることを決めました。

関西に戻ることを決めた理由には関西の経営者の方達の存在が大きかったです。関西の経営者の方は一人ひとりのユーザーをすごく大事に、思いを持ってやっておられる方が多いと当時感じていました。目の前のお客さんをすごく大事にするからこそ、成長曲線もゆっくりになりやすいのかなと。そこに今僕が東京で身につけたベンチャーキャピタル(以下 VC)なんかのネットワークやノウハウを掛け算することで、東京よりも面白い経営者が出てくるのではと感じ、その仕組みを形にしていきました。

関西にはまだまだいい起業家がいると確信

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岩崎 2016年に大阪市のスタートアップ支援事業OSAP(OIHシードアクセラレーションプログラム)の立上げの旗振り役になったのはどのような経緯だったのですか。

 Booming!の1年後くらいに大阪市のOSAPを立ち上げることになったのですが、大阪府のBooming!はIPO(新規株式公開)も見据えたミドル、レイタ―ステージなどの企業が中心だったのですが、当時は大阪になかなかそのフェーズまで進んでいる企業が多くなかった状況でした。そんな背景もあってOSAPはシードアーリー期のベンチャー支援、大企業やVCとコラボするという形で棲み分け、大阪府と大阪市での共存体制でスタートしました。

当時はBooming!を1年やってみたことで、関西のベンチャーの課題感というのも洗い出されていた状況でした。例えば当時をBooming!のメンバーに必要なタイミングで東京のVCの方などを個別にご紹介していたのですが、ひとつひとつやっていても当然ラチがあかない。東京-大阪でアポイントをとる時間もお互いに大変なので、僕達がメンタリングをしつつ、大企業やVCなどのキーマンと会える仕組みを作ろうと動いていたのがOSAP立上げ当初になります。

岩崎 OSAPを立上げ、運用されていく中でどのようなことを感じておられましたか。

権 OSAP立上げ当初は初速が大事だと考え、第一期生は僕の知人の選りすぐりのベンチャーに「応募して!」と声をかけてスタートしました(笑)。ただ正直、自分の見立てや目利きが東京のVCにどこまで評価頂けるかは不安でした。OSAPの3年間での資金調達目標が1.2億円だったんですが、ここまで仕組みを立てたからには、その目標は超えたいという思いがありました。

ただ結果的には多くの資金調達が決まり、OSAPの1期生から10社で2億円調達することができました。ビジネスモデルの組み方なんかは東京との違いがあるかもしれないですが、やっぱり目の付け所とか経営者としての魅力など、関西にはまだまだいい起業家がいるという確信になりました。

魅力的な起業家の存在をもっと多くの方に知って貰いたい

岩崎 独立に至った経緯、現在の活動について聞かせてください。

 独立した経緯ですが、起業家と関わることで、どんどん自分も触発される中、自分はサラリーマン肌ではないなと感じ、前職を退職し2019年11月にCONを創業しました。

今の主な活動はアドバイザー業務とYouTuberです。何をやるかよりも独立が先だったので、退職前後に色々と選択肢を考えていたのですが、そんな中で示唆をくれたのもベンチャー経営者の友人でした。今後どうしていこうかと話をしていた時に「権さんはどの瞬間が楽しいの」となり、僕はベンチャー経営者と酒を飲みながら事業についてディスカッションするのがすごく楽しいんだと話していた時に、それじゃないかと。

じゃあそんな経営者と対峙しながらできる仕事は何だろうと思い、始めたのがYoutubeでした。YouTubeはあるきっかけでお笑い芸人カジサックのコンテンツに触れたことも影響しています。カジサックのコンテンツでは同期芸人との対談企画をやっていたんですが、「なんでこの相方と組んだのか」「この時にどんなことを考えていたのか」という今のTOP芸人になるまでの苦難などのストーリーがめちゃくちゃ面白いなと感じていました。

僕はこれまでベンチャー経営者のストーリーとか、人生に対する向き合い方みたいなところにいつも刺激を受けてきました。そういうことを発信できるコンテンツがあれば、もっと多くの人達に刺激とか勇気とか与えられるんじゃないかと思い、立上げたんです。ただ僕は正直芸人さんのように面白いトークができないので(笑)、フランクに飲みながら起業家の本音を自然と引き出すというスタイルを作ったのが最初です。

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岩崎 アドバイザーとしてはどのようなことを大事にされているのですか。

権 アドバイザー業務では、広く経営を知ってるからこそ経営者と対等にディスカッションをしていくことを大事にした支援をしています。僕はDTVSでベンチャー支援をしてきましたが、何か特化したスキルで支援する形というよりは、事業を前に進めていくためにこういうことをやっていきましょうと、事業全体を踏まえた旗振り役として支援をさせて貰うことが多かったんです。

例えば入口でよくファイナンスのご相談を頂くんですが、ファイナンスの為に事業計画をみて、マーケティングや組織作りなどのディスカッションになり、それを具体的に実現する人材の採用の話にもなっていくなど、相談の幅が広がっていくことが多いんですね。

関西でも東京でもベンチャーはNo.2、No.3がいない会社が多く、初期は社長と対等に喋れる経営メンバーがいない中で、経営者が全部抱えてしまって悩んでいる会社も多いです。そんな経営者の力になれるように広い視点でのディスカッション、メンタリングなどをさせて頂いています。また何社かは深く入って実践的な部分に介入したり、幹部の一人みたいな立場で支援させて貰ってたりもしています。

今後は関西中心のように言ってますけど、あまり関西だけにこだわってはおらず、魅力的な起業家の力になれたらと思っています。それはアドバイザーとしての経営サポートだけでなく、魅力的な起業家がもっと表に出れるようにPR面でもサポートできたらと考えています。当時の僕がそうであったように、起業家の生き方や魅力に触れて、新しい挑戦に踏み出してくれる方が一人でも出てきてくださったら嬉しいですね。

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