近年、SaaS(Software as a Service)という言葉が一般化し、様々なWebサービスやソフトウェアなどがこれまでのような買い切りによるものではなく、クラウドを通し月額利用料の支払による方法で提供されるようになりました。
SaaSの形でWebサービスを提供するベンチャー企業やスタートアップ企業が多くなるとともに、そうした事業の合理性を確認したり企業価値を計算したりするための方法が求められるようになり、これまで使われることのなかった新たな指標が使われるようになっています。
そのなかでも本記事では、LTV(Lifetime Value:顧客生涯価値)についてご紹介します。LTVはSaaS事業に取り組む事業者にとって事業の合理性を確認するために不可欠なマーケティング指標であり、また近年ではSaaS事業以外でも使われるようになっています。メがベンチャーやスタートアップ企業で働く方々、あるいはそうした企業への転職を考えておられる方には、ぜひ知っておいていただければと思います。
SaaSとは
まずSaaS(Software as a Service)についてご説明します。SaaSとはその言葉の通り「サービスとしてのソフトウェア」という意味で、IT事業者が自社の商品であるソフトウェアを、クラウドを通してオンラインの形でユーザーへ提供し、その対価を買い切り方ではなく月額利用料の形で受け取る方法をとるものです。
SaaSの台頭により、ソフトウェアやIT・Webサービスの在り方は大きく変わりました。クラウドを通すことで、新たな機能が必要になった際には事業者により随時アップデートが行われ、ユーザーは新しいソフトウェアを買い直すことなく新しい機能を利用できるようになりました。対価は月額利用料の形で支払われ、ユーザーは必要な期間の支払だけでそのソフトウェアを利用することができます。近年の「モノを所有しない」という価値観や、会計面でのBS(貸借対照表)に資産を計上しない「オフバランス化」という考え方にもマッチしていると言えるでしょう。
そのようなSaaS事業に取り組むベンチャー企業やスタートアップ企業はユーザーを獲得するために多額の広告宣伝費を使うことが多く、そのように広告宣伝費として支出した金額と、それによって獲得したユーザー数や売上・利益の関係を正確に分析して事業の合理性を確認する必要が生じました。そのなかで使われるようになったのが、今回のテーマであるLTVです。
LTV(ライフタイムバリュー)とは
LTVとは、ひとりのユーザーから生涯にわたって得られる利益のことです。簡単な例として「月額利用料1,000円のサービスを3年間(36ヶ月)利用するユーザーを獲得した場合」を考えてみましょう。企業はこのユーザーを獲得することで、36,000円(1,000円×36ヶ月)の売上高を得ることになります。この場合に、このユーザーのLTVは36,000円であると考えます(実際にはサービスを提供するための費用がかかる場合それを考慮する必要がありますが、今回は無視してご説明しています)。
LTVを考える際には、1回目(1ヶ月目)の取引で得られる利益だけでなく、2回目以降(2カ月目以降)の取引で得られる利益も含めて計算します。そのような計算方法をとることで、企業がひとりのユーザーを獲得した際にどれだけの利益を得ているのかを本質的に捉えることができます。
SaaS事業の場合はユーザーに継続的に自社サービスを利用してもらい月額利用料を受け取り続けることを前提としていますから、その売上高や利益は将来に渡って継続的に発生し続けることになります。そのため、月単位で計算される会計上の売上高や利益だけを見ていても事業の合理性を理解することはできません。そのためこのLTVが必要ということになるわけです。
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LTVの計算方法
次に、実際にLTVを計算する方法についてご紹介します。LTVはその事業の特徴や考え方からさまざまな方法で計算されるものですが、最も簡単な計算方法は①の計算式です。
LTV = ARPU(平均顧客単価) × 平均継続期間(月)
①はユーザーから月額利用料として代金を受け取る形を中心にお話ししていますが、その他のケースで月に数回の取引が生じるようなケース(健康食品、消費財などD2Cビジネスに多く見られます)だと次のようになります。
LTV = ARPU(平均顧客単価) × 購買頻度(月の購買回数) × 平均継続期間(月)
また、①のケースで、サービス提供のために一定の原価がかかる場合には次のように計算します。
LTV = ARPU(平均顧客単価) × 平均継続期間(月) × 収益率(1-原価率)
上記でご紹介した「月額利用料1,000円のサービスを3年間(36ヶ月)利用するユーザーを獲得した場合」を①に当てはめてみると、
LTV = 1,000円 × 36ヶ月 = 36,000円
となり、このケースでのLTVは36,000円ということになります。
企業はこのように計算されたLTVを利用して事業の合理性を確認するのですが、そのためにはCAC(Customer Acquisition Cost、顧客獲得費用)という指標も必要となります。次に、このCACについてご説明します。
CAC(顧客獲得費用)、ユニットエコノミクスとは
LTVは「ユーザーをひとり獲得した際に、そのユーザーからいくらの利益を得られるか」を意味しているものですが、これが合理的かどうかを確認するためには、LTVを「ユーザーをひとり獲得するための費用」と比較する必要があります。
「ユーザーをひとり獲得するための費用」を知るためには、CAC(Customer Acquisition Cost、顧客獲得費用)という指標が使われます。CACもLTVと同様にSaaS事業で多く利用されるマーケティング指標で、これを正しく計算することで企業がユーザーをひとり獲得するために要した金額を知ることができます。CACの計算方法は、次のようなものです。
CAC = 新規ユーザー獲得のために支出した額の合計(円) ÷ 新規獲得ユーザー数(人)
計算式の中にある「新規ユーザー獲得のために支出した額」とは、新規ユーザーを獲得するために支出した広告宣伝費、その広告を運用するための外注費や人件費、イベントやキャンペーンなどの費用、インサイドセールスなど営業活動のための人件費などです。このように新規ユーザーを獲得するために支出している額を漏れなく積上げて集計し、その期間で実際に獲得した新規ユーザーの人数で割ることで、新規ユーザーひとりを獲得するために要した費用を知ることができます。これがCACです。
※CACと似た指標にCPAというものがありますが、CPAは広告などの効果をより直接的に知るための指標です。広告の効果などを評価するためにはCPAも大変重要な指標ですが、LTVと比較するためには、新規ユーザー獲得のための費用をより広く集計して計算されるCACのほうが適切であると言えるでしょう。
このCACとLTVとを比較することで、その事業が合理的な状態にあるのかどうかを知ることができます。その際に登場する概念としてユニットエコノミクスというものがあります。ユニットエコノミクスとは、LTVがCACの何倍あるかを意味する言葉で、そのユーザー獲得活動がどの程度合理的なものかを知るためのものです。
ユニットエコノミクス = LTV ÷ CAC
たとえば先述のように、LTVが36,000円の事業の場合で、CACが10,000円だとします。その場合、
ユニットエコノミクス = 36,000円 ÷ 10,000円 = 3.6(倍)
このように計算でき、ユニットエコノミクスは3.6倍であるということがわかります。10,000円を使うことで36,000円の将来利益を獲得しているわけですから、感覚的にこの事業がうまくいっているように感じられると思います。
ユニットエコノミクスの適切な目安がどの程度かは考え方が様々あります。事業の内容やマーケットの大きさなどによって考え方は変わりますが、一般的には3倍というのが目指すべき一つの目線とされることが多いように思います。
LTVを向上させるためには
ここまでのご説明で、SaaS事業に取り組むベンチャー企業やスタートアップ企業にとってLTVがいかに重要なものかご理解いただけたのではないかと思います。そのような企業にとってLTVを高めることは事業の採算性や効率性を高め、将来の経営基盤を安定させ、ひいては企業価値を高めることに直結します。
では、どのようにしてこのLTVを高めていけばよいのでしょうか。ここではLTVを高めるために何が必要となるのかについてご説明したいと思います。
ARPU(平均顧客単価)を高める
LTVを高める方法のひとつとしてARPU(平均顧客単価)を高めることが挙げられます。これが高まることで手元に残る利益の金額が増えますから、計算上はLTVが高まることになります。
ただし、単純に値上げを行えばよいかというと、当然そういうわけではありません。値段が上がればユーザーは価値を感じなくなってしまい、解約に繋がってしまいます。自社サービスの機能や利便性を高め、ユーザーに「値段が高くてもぜひ使いたい」と思ってもらえる状況を目指す必要があります。SaaS事業では継続的に機能のアップデートを行うことができますから、ユーザーの声に耳を傾け、求められているものを提供することで、ユーザーがより価値を感じ、価格が上がっても解約が生じない状況になります。
また、アップセルやクロスセルも顧客単価を上げる方法として効果的です。より便利な機能や関連するプロダクトを提供し、追加での支払によってそれらを使えるようにするものです。会計ソフトのfreeeやマネーフォワードが、関連するプロダクトとして勤怠管理や給与計算などのサービスを持っていることをご存じの方も多いと思います。このように関連するサービスを用意し一体的に提供することでユーザーの利便性を高めることで、ユーザーにとってなくてはならないサービスとなり、顧客単価を上げていくことにつながっていきます
継続期間を長くする(解約率を下げる)
ユーザーが早期に解約せず、長い期間利用を継続することで、LTVは上昇します。新規ユーザーを獲得したことで満足せず、満足度を高め続けることで、そのユーザーはロイヤルカスタマーとなり、長期間にわたって利益をもたらしてくれる存在となります。
そのためにはユーザーに「利用し続けたい」と感じてもらう必要があります。提供するプロダクトの使いやすさや機能を向上させ続ける努力をし、またユーザーが困りごとをすぐに解決できるようQ&Aやカスタマーサポートの体制を充実させるなどの取り組みが必要でしょう。解約率を低くすることはSaaS事業に取り組む企業の生命線であり、最近ではカスタマーサクセスという部門を設けてユーザーになった後のサポート体制に力を入れる企業も多くなっています。
収益率を高める
LTVを向上させるには、コストを下げて収益性を高めることも重要です。売上が上がっていても、コストが高ければ利益は圧縮され、LTVは十分に確保できません。LTVを高めるため、より少ないコストでサービスを提供する体制を構築する必要があります。
また、一定額のコストでサービスを提供できるような事業の場合(固定費の割合が高く、変動費が少ない場合)には、ユーザー数を増やすことでユーザーひとり当たりのコストを下げることができ、LTVを高めることができます。そのような事業の場合は細かいコスト管理よりも全速力でユーザー数の増加に取り組むことが最優先となる場合もあります。自社の事業を正確に把握し、どのような取り組みがLTVの向上に最も効果的かをよく考える必要があるでしょう。
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最後に
今回は「SaaS事業に不可欠なLTV(ライフタイムバリュー)について解説!」というテーマで解説を行いました。LTVはSaaS事業で主に使われるものですが、その有用性から他の業種でもその考え方を取り入れるケースが増えています。
小売業や飲食業でも会員制度やポイント制度などによって顧客に繰り返し利用してもらうための取り組みをすることが一般的となっていますが、これもまたLTVを高める活動であると言えます。LTVの考え方は様々な事業に応用できるものであり、そのためLTVという言葉は一般的な用語として説明なく使われるケースも増えているように思います。SaaSなどIT・Web関連の会社で働く方にもそうでない方にも、ぜひこのような言葉や考え方を知っていただき、ご自身の仕事に繋げていただければ幸いです。