SaaSプロダクトを展開するスタートアップが目指す「T2D3」について解説!

多くのスタートアップ企業がSaaSプロダクトを世に提供し、それによる急成長を目指しています。近年、そうしたスタートアップ企業が目指す成長の度合いを示す言葉として「T2D3(ティーツー・ディースリー)」という言葉が多く用いられるようになりました。今回はこの「T2D3」という言葉について解説をさせていただきます。

目次

SaaSとは

「T2D3」の解説に入る前に、まずはSaaSについて解説をします。SaaSとは「Software as a Service」を略したもので、パッケージソフトを購入して自分のパソコンにインストールするのではなく、インターネット上でソフトウェアにアクセスし、利用することができるクラウドコンピューティングサービスです。そのサービスを提供する企業を「SaaS」と呼びます。

社会が多くの領域でDX化し、また5Gの登場などのようなインターネット通信環境や速度の向上もあり、以前はパッケージ方のソフトウェアとして提供されていたものの、今ではSaaSプロダクトとして提供され、また同時に継続的に料金を支払うことで利用できる「サブスクリプション」という言葉も一般的なものになりました。SaaSはその利便性の高さや汎用性の高さから現在ではIT・Web業界のビジネスモデルで中心的なものとなっており、事業としての成長可能性も非常に高いことから注目を集めています。

T2D3とは

T2D3とは「Triple(3倍)、Triple(3倍)、Double(2倍)、Double(2倍)、Double(2倍)」という意味で、SaaSビジネスを1年毎に3倍→3倍→2倍→2倍→2倍に成長させていくことを意味しています。具体的に解説をするとSaaSビジネスが現時点でどの程度まで成長しているかの指標には、ARR(Annual Recurring Revenue、年間経常収益)という指標を用いるのですが、T2D3は一般的にこのARRに適用することを言います。つまり、SaaSプロダクトを展開するスタートアップ企業においてARRを1年毎に3倍→3倍→2倍→2倍→2倍に成長させることを目指していこうという意味合いになります。

このT2D3という言葉は、テクノロジー領域で著名なアメリカのVC(ベンチャーキャピタル)である「Battery Ventures」のキャピタリストであるNeeraj Agrawal氏が提唱したものとされており、ユニコーン企業(時価総額10億ドル以上のような高い企業価値のつくスタートアップ企業)などの言葉とともに日本でも使われるようになったものです。

1年毎に3倍→3倍→2倍→2倍→2倍に成長するということは、5年で72倍にするということです。つまり、ある時点でARR1,000万円であったSaaSビジネスが、5年後にARR7億2,000万円になっている、というようなことです。簡単なことではないことがわかると思いますが、SaaS事業に取り組むスタートアップ企業はこのようにT2D3を実現してARRを5年で72倍にすることで、ユニコーン企業になれるとされています。

実際にこれまでにもこのような急成長を実現して企業価値を大きく高めたスタートアップ企業もあり、多くのスタートアップ企業が次のユニコーン企業となるべくT2D3を目指しています。また、資金の出し手となりうるVC(ベンチャーキャピタル)などの投資家はこのようにT2D3を実現するスタートアップ企業を見極めて投資を行うことができれば大きな収益を上げることができるため、T2D3を実現し得るスタートアップ企業を常に探しています。このようにスタートアップ界隈ではT2D3という言葉が高い成長性を示す共通言語として使われるようになっているわけです。

T2D3を実現するには

次にどのようにすればT2D3を実現することができるのかについて考えてみたいと思います。T2D3を実現するにはいくつかの段階を経る必要があると考えられていますので、その各段階についてご説明します。

PMFを実現する

SaaSプロダクトを展開するスタートアップ企業が高い成長を実現するには、なによりもまずPMFの実現が重要であるとされています。PMFとは「Product Market Fit」の略で、プロダクト(そのスタートアップ企業が提供するサービス)がマーケット(市場)にフィット(適合)した状態を指す言葉です。

整理すると「サービスが市場に適合している状態」がPMFです。サービスが市場に適合している状態というのがどのような状態かというと、そのサービスを利用したいと考える顧客が十分にいて、そのサービスを利用することで顧客が満足し、継続的に利用し続ける状態というように捉えるとよいでしょう。確固たるPMFを実現すれば、あとはそのサービスを知ってもらう努力(マーケティング、営業活動)さえすれば、そのサービスの利用者は増加を続け、ARRが増加していくことになるわけです。

ここで生まれる疑問が「どうなればPMFが実現されたと言えるのか」というものです。これについては残念ながら明確な基準はありません。結果的にARRが成長すればそのSaaS事業はPMFを実現していたと確認できるとも言えますが、それは結果論であり、後になってみないとわかりませんから、あまり意味のあるものではありません。

結局のところ、顧客の声に耳を傾け続けるしかないとも言えます。自社サービスを利用してくれている顧客からの意見や要望、クレームなどを丹念に拾い上げ、自社サービスの改善を繰り返していくことでPMFの達成に近づいていくわけです。また、自社でそのサービスを使ってみることや競合する他社のサービスを使ってみることも重要でしょう。自社や他社のサービスを利用し比較してみることで、それぞれの優れたところや劣っているところが理解でき、自社サービスの改善につなげることができるはずです。

T2D3を実現するためには、最終的にARRを5年で72倍に成長させられるほどの高い水準でのPMFを達成しなければなりません。最初の1年でARRを3倍に成長させることができたとしても、それが余裕のない成長であればそのあとの成長が続かなくなってしまいます。それならば最初の1年の成長を犠牲にしてでも、そのあとの成長可能性を大きく評価できるような高度なPMFを目指すことの優先順位の方が高いとも考えられます。もちろん、そのように時間をかけることになればそれだけ多くの資金が必要になりますが、T2D3を目指すためにはまずなによりもPMFが重要であると理解すべきです。

適切な初期ユーザーを獲得する

自社サービスを提供する市場への理解を深め、一定程度のPMFの達成にメドがついた段階で、初期のユーザーを獲得し収益を上げ始める必要があります。この時点では自社のセールス人員が十分に揃っておらず、また自社サービスの内容も確固たるものになっていないこともあって、そのスタートアップ企業の創業者や初期メンバーがセールス活動を担うことになる場合が多いです。

このときに重要なのが、収益を早く上げることを優先するあまり適切でないユーザーを獲得してしまわないよう注意することです。適切でないユーザーとは、そのサービスが想定している中心的な顧客ではないユーザーのことです。自社サービスが想定している使い方でない使い方をするユーザーであったり、例外的な対応を多く求められてしまうようなユーザーをこの段階で獲得してしまい、そうしたユーザーの満足度を高めるためにサービスの方向性を変えてしまったり例外的な対応に多くのリソースを割かれてしまう状況になると、その後の高い成長を阻害することになりかねません。そのためこの段階では、「自社が想定する中心的なユーザー」をなるべく明確にイメージし、そうしたユーザーを効果的に獲得できるような努力をする必要があります。

この段階のスタートアップ企業は資金調達のためにピッチやVCとの面談などを行う機会も多く、そのための資料作成などを通して自社の事業やターゲットとなる市場を明確に定義する必要に迫られる場面も多いはずです。そうした機会を通して一貫した顧客イメージを定義し、そのような適切なユーザーをどのようにすれば獲得できるのかについて考える必要があります。

適切なユーザーを多く獲得することができれば、そうしたユーザーの声を集めることで自社サービスの質をより高めることができ、その後さらに多くのユーザーを獲得することにつなげることができるはずです。そのように、このフェーズでは将来のより高い成長につながるような適切なユーザーを獲得することが、T2D3を実現するために重要となります。

マーケティングやセールスの体制を整える

PMFを達成し、適切な初期ユーザーを獲得することで収益が上がるようになると、次に必要になるのは更に販売を強化しユーザーを多く獲得するためのマーケティングやセールスの体制づくりです。SaaSビジネスではWeb広告を中心としたマーケティングの仕組みが重要となることが多いため継続的に高い広告効果を獲得できるようなマーケティングチームを組成したり、適切な分業体制を整えたセールスチームを組成したりすることが必要です。

SaaSビジネスにおいては、「THE MODEL(ザモデル)」型の販売体制を取り入れるスタートアップ企業が多くなっています。リード獲得、インサイドセールス、ナーチャリング、カスタマーサクセスといった言葉を聞いたことのある方も多いのではないかと思いますが、それらはTHE MODELの考え方の中で使われる用語です。

SaaSのセールスをいくつかのプロセスに切り分け、分業体制とする考え方がTHE MODEL型です。もちろん自社のサービス内容やターゲットとなる市場によって適合する部分と適合しない部分はあるでしょうからすべてのスタートアップ企業が同じ仕組みにすればよいわけではありません。自社に適合する仕組みを模索しながら、最適なマーケティングやセールスの体制を作り上げ、ユーザーの獲得や満足度の向上を実現し、ARRを高めていく必要があります。

ここまでの仕組みを高い水準で実現すれば、獲得したユーザーから収益を上げ、その収益を使ってプロダクトやサービスの質を高めたり販売体制を強化したりし、それによってさらに多くのユーザーを獲得するという好循環に入っていきます。このような好循環の中でARRを高めていきことで、T2D3の実現に一歩一歩近づいていくことができます。

このようにいくつかの段階を経て、プロダクトやサービスの質を向上させ、また組織を強化していくことで、T2D3の実現に近づいていきます。もちろん、T2D3の実現のためには他にも必要なものは多くあり、サーバーの強化や多数の問い合わせに対応するためのCS体制、取引量や決済量の増加に耐えられるバックオフィスの体制、売上高の増加に適切に対応するための資金管理や予実管理の体制など、様々な面でT2D3の実現に向けた強化を進める必要があります。

最後に

今回は、「SaaSスタートアップが目指す『T2D3』について解説!」というテーマで、SaaSスタートアップ企業で多く使われるようになったT2D3という言葉についてご紹介しました。T2D3はSaaSプロダクトを展開するスタートアップ企業の成長や成功について評価するためのひとつの目安であり、これを達成することがすべてではありませんし、もちろん、その5年間以降の成長や事業展開も重要となります。これを達成できなかったからといってそのスタートアップ企業が事業に失敗したことにはなりませんし、状況によっては無理に3倍や2倍といった基準を超えることよりも優先すべきものがあることも多くあります。

T2D3のほかにもSaaSスタートアップを評価するための指標は様々あります。今回はT2D3について解説させていただきましたが、スタートアップ企業に属しておられる方やスタートアップ企業への転職を考えられている方には、このT2D3だけでなくその他の様々なスタートアップ用語についても、ぜひ詳しく知っていただければと思います。

この記事を書いた人

岩崎久剛

1984年兵庫県生。関西大学工学部を卒業後、受験支援事業を全国展開する大手教育事業会社にて総務人事など管理部門を経験し、2012年より人材業界に転身。大手総合人材会社にて求人広告、人材紹介など中途採用領域での法人営業を経験し、従業員数名規模のベンチャーから数10か国に展開するグローバル企業まで多様な業界、事業フェーズの企業の採用を支援。2016年よりハイキャリア領域の人材紹介事業立上げメンバーに参画し、関西ベンチャーを軸とした採用支援に従事。その後、ビズアクセル株式会社を起業。MBA(グロービス経営大学院)。

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